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どこにだって飛んでいく


 街を出たライカが向かったのは、それまで自分が住処としていた森であった。かつてはベヒモスも住処としていた森である。今はほとぼりが冷めるまでそこに身を潜める必要がある。アイツらはバカだったが、俺を取り逃がしたことを冒険者ギルドに報告していないとは考えにくい。そうなれば冒険者たちが俺を狩りに来るかも知れない。いかに脆弱な人間といえども徒党を組まれると厄介だ。迎え撃つならば俺の領域である森の中がうってつけなのだ。


 それにあの魔女にも報告しなければならない。「服従の首輪」と、人間に擬態するための「魔女の膏薬」の両方を一度になくしてしまったのは、俺の落ち度だ。


「……全く、やることが山積みだな」


 無意識のうちに一人呟く。答えてくれるのは風に葉を揺らす森の木々だけだ。それだけのはずであった。


「いいえ、あなたのやることはたった一つだけですよ?」


 不意に背後からかけられた声に振り返る。俺の背後に立っていた人物の姿を見た途端、俺は振り向いたことを後悔した。


「―――――!」


 ライカの右腕が血しぶきを上げて吹き飛んだ。声にならない声を上げて狼男はのたうち回る。


「ど、どうして貴様がここに……?」


 苦痛をこらえながら、ライカは自分の右腕を吹き飛ばした人物に問いかける。


「お前は……魔王の従魔だろう。どうしてこんな所にいるんだ!」


 狼男の言葉に、魔王の従魔―――ユーリはわざとらしく鼻を鳴らした。


「魔王様の従魔だからじゃないですか。あなたの考えていることを魔王様が知らないとでも?」


 ライカは歯がみした。どこで俺の計画が漏れた。まさかあの魔女がバラしたとでも言うのか?


「『服従の首輪』に『ベラドンナ』……。随分と小賢しいことを考えましたね?」


 冷ややかな眼差しに全身が総毛立つ。


「でも、あなたは一つだけ過ちを犯しました」

「ち、違うんだ……俺は、主のベヒモスの敵を討とうとしただけなんだ!」


 ユーリはライカの言葉に何一つ反応を示さないまま、槍を構える。


「ま、待てよ!話を、話せば分かるんだ!」


「あなたの過ちはただ一つ―――」


「ま、待って……」


 言いかけたライカを槍の一撃が容赦なく貫いた。衝撃が背後にそびえる木々までなぎ倒し、狼男の身体を粉々に吹き飛ばした。


―――――


「……終わったかい?」


 茂みの中から姿を現したのは、魔王の屋敷の女給―――バーバラであった。普段はメイド服を身に纏っている彼女だが、今日は動きやすい皮革の鎧を纏っている。


「ええ、バーバラさん。終わりました」


 槍についた血を拭いながらユーリは言った。


「でも、わざわざあんたが出向いてまで殺す価値があったのかい?そんなようには見えないけどねぇ」


 バーバラはライカだった肉片を蹴り転がす。


「わざわざ魔王様の槍まで使ってさ。ユーリ、あんたが特別な事情を持ったデュラハンだって事は知っているけどね。それなら……」


 バーバラの言葉を制して、ユーリは首を横に振った。


「いいえ、これが私のやり方なんです。……今は、ね?」


 ウインクしておどけてみせる彼女に、バーバラも失笑した。


「……好きにしなよ。でも、またこの狼男みたいな奴が現れたらどうするんだい?」

「その時はまたぶち殺してやるだけですよ?私はどこにだって飛んでいくつもりです」

「それに付き合う私の気持ちを考えておくれよ?」

「……ごめんなさい」

「良いよ、これぐらい。それよりそろそろ本題に入りましょうか?」

「ええ。コイツに膏薬と首輪を渡した魔女の捜索でしたね。行きましょう」


 二人は森の奥へと歩みを進めていく。


 あの子の肉体はまだまだ不安定で未完成だ。私と違ってベラドンナも服従の首輪の効果も受けてしまう。それに能力の使い方もまだ分かっていないようだ。あの子はまだ「デュラハンの能力」を何一つとして使っていない。だが、代わりに見たこともない魔術を使っているようだ。もしも、あの小さな身体がわずかなデュラハンの能力と寄せ集めの死霊の肉体「だけ」で出来ているのなら、あんなものは使えないだろう。


 あの子の中には、底知れぬ「何か」が眠っている。彼女の半身である私ですら知り得ない可能性が秘められているのだ。その正体を確かめるまでは誰にも手を出させない。それが例え、私の主―――魔王であろうとも。


「……ユーリ。いつでも飛んでいくから、ね?」


 バーバラに聞こえないよう、ユーリは呟いた。


読んでいただきありがとうございます。

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