反攻
酒場では、今日も冒険者たちが酒を片手に騒いでいる。クエストを達成した喜びからか、失敗した悔しさからか、あるいはこれからクエストに挑む自分たちを鼓舞するつもりか。何にしても傍から見ればただ喧々諤々と耳障りなだけだ。
青年は酒場の隅で一人、グラスを傾けている。その瞳には憂いのような昏い輝きがある。彼はそれを振り払うように一息にグラスの中身を空にした。
あの小娘が事をし損じた。その事実が、僕を少しイラつかせているのだ。彼は自分にそう言い聞かせた。
同行したクエストで見せてもらったが、彼女の能力は凄まじいものであった。伊達にあの女の片割れではない、と言った所だろうか。あの能力を以てすれば皆殺しに出来ると考えたが、アイツの相棒の剣士どころか主の魔女すら殺すことが出来なかった。どうやら相手もこちらが思いも寄らぬ隠し球を持っていたようだ。そこは素直に相手を褒めてやろうと思う。
復讐は失敗に終わった。しかし、確かな収穫もあった。ベラドンナと服従の首輪の二つは効果があったのだ。これらを用いれば、あの女も自由に操ることが出来るはずだ。我が主、ベヒモスを弄んだ罪はあの女と魔王自身に償ってもらうとしよう。
それにしても、あの魔女には借りが出来てしまった。僕は手元の小瓶に視線を落とした。その中には半固形の製剤―――軟膏が入っている。あの首輪もこの軟膏も、全て魔女が用意してくれたものだ。特にこの軟膏が無ければ僕はこの街に足を踏み入れることすら出来なかった。ベラドンナを配合した軟膏など、いかにも魔女が考えそうな悪趣味な品だが。
僕は席を立った。店の主に金を払うふりをして軟膏の蓋を開ける。意識を混濁させる毒薬―――ベラドンナの匂いが立ちこめ、主人の眼が虚ろになったのを確認して店を出る。
あいにくだが僕は金銭の類いは持ち合わせていないのだ。だが、こうして軟膏の匂いを嗅がせれば、それだけで相手は前後不覚になる。全く便利な薬だ。おかげで僕は一銭も払うこと無くして豪華な宿に泊まり、豪勢な食事を堪能した。後はあの小娘とその相棒を亡き者にできれば言うことは無かったのだが……それは言うまい。ひとまずこの街とはおさらばだ。僕はフードを目深にかぶった。
「うわっと!?」
突然、頭から冷や水が浴びせかけられた。フードで視界を狭めてしまったことと、あまりにも唐突な出来事に反応が遅れてしまい、服がすっかりと水浸しだ。
「ご、ごめんなさい!?あまりにも急いでいたものでして……」
目の前には水をこぼしたのであろう女性がこちらに平謝りしている姿がある。だが、今の僕はそれどころではない。頭から水に濡れてしまったと言うことは、顔に塗った軟膏がはがれてしまっている、ということだ。慌てて路地裏に逃げ込んで顔に触れてみる。スベスベとしていた僕の頬には、すでに人間ではあり得ない量の体毛が生えそろっている。
「くそっ……!」
慌てて懐から小瓶を取り出す。こんな往来で姿がバレてしまえば一巻の終わりだ。
「隙あり!」
影が僕の目の前を横切り、気がついた時には手から小瓶が消え失せていた。
「おい、誰だ!返せよ!」
視線の先にいるのは、先ほど水をかけてきた女性だ。彼女の手には僕の小瓶がある。
「悪いけど、返すわけにはいかないね。エルナ!」
女性が小瓶を投げる。小瓶は放物線を描いて、僕の頭上を越えていく。それを受け取ったのは一人の少女だ。トンガリ帽子にローブ、身の丈ほどもある杖。一目で誰だか分かってしまう自分が悔しい。コイツはあの小娘―――ユーリが殺し損ねた魔女だ。
「ほう……これは『魔女の軟膏』だな?塗ることで人間に擬態することが出来る……ベラドンナの匂い付きとは随分と凝った膏薬だ」
少女はあどけない見た目に反して、冷たい口調で言った。
「直接会うのは初めてだな。僕は深淵の魔女だ。よろしくライカ―――いや『狼男』君?」
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