深淵の魔女(笑)
戦場となった平野はすっかりと焼け野原となっていた。戦後処理も十分に進んでいないまま放置されており、辺りには持ち主のいない鎧兜や剣に槍、そして腕や足、果てには首の無い胴体が所在なげに転がっている……。
「くふふふふ……やっぱり素晴らしいね。戦場は宝の山だ!そう思わないかい?」
「いいや。思わないね」
興奮を抑えきれないという風に目を輝かせる少女の言葉に、素っ気ない返事をするのは、重厚な鎧に身を包んだ青年である。
「人間や魔族の死体を処理するにも金がかかる。戦場に転がっている剣や鎧も雑兵の使うような二束三文のなまくらばかりだ。名のある兵士の得物はとうの昔に野盗が持ち去っているだろうさ。ここに残っているのはゴミばかりだよ」
青年の言葉に、少女は頬を膨らませる。
「ロマンの無い奴だね、君は。だから僕のお供しか任せられないんだよ」
「うるさいな。俺だってお前みたいな魔女がいなければ今頃どこかの貴族のお抱え騎士にでもなっているさ」
「良かったじゃないか。どこの馬の骨かも知れない貴族の使い走りになるくらいなら、この稀代の新鋭、『深淵の魔女』であるエルナ様のお供をしておいたほうがずっと有意義だぞ?そうだ。僕のサインは欲しくないか?将来、高値で売れるぞ」
「それなら、この作業に賃金が発生するように契約書を作っておいたから後でそれにサインしておいてくれ」
「さて、冗談はこれぐらいにして……」
「おい」
「深淵の魔女」こと、エルナはこちらに一切、視線を合わせないまま死体の山へと突撃していく。その背を見送りながら鎧の青年―――ガレスは大きくため息をついた。
やれやれ。本来ならば魔物を相手に大立回りを演じるはずの自分がこんな子供のお守りとは。自らの行いが招いた結果とはいえ、情けない話だ。
「この場所で数日前に大きな魔力の反応があったんだ。間違いないよ、ここには一級品のお宝が埋まっているんだ。僕の封印された右目がそう告げている!」
彼女は眼帯で覆った右目を押さえて言った。……昨日は何も付けていなかった気がするが、ツッコむのは野暮なのだろう。
「はいはい。余り遠くに行くなよ。近くに屍肉漁りが潜んでいるかも知れないぞ」
分かっているよー。と声だけが返ってくる。少しよそ見をしている間に彼女の姿はすでに見えなくなっている。アイツ、人の話を聞いてないじゃないか。苛立ちを覚えながらも、ガレスは大股でエルナがいた所まで歩いて行く。
「のわぁあああああ!」
姿が見えるよりも先に叫びが聞こえてくる。
まさか本当に魔物が―――。焦る気持ちが無意識のうちに腰の剣に手を伸ばす。
「大丈夫か、エルナ!」
「ああ、僕は死ぬかも知れないよ、ガレス」
彼女はこちらに背を向けたまま腰を抜かしたように座り込んでいる。
「くそ、やはり魔物が―――」
「いいや、コイツを見てくれ」
振り向いた彼女が持っていたのは、死人の生首であった。
「こんなに綺麗な死体をお目にかかれるなんて、こんな幸運は無い。僕はきっと死ぬに違いないんだ!」
「……は?」
「見てくれ、このハリ、ツヤを!僕はかつてこれほどまでに状態の良い死体に巡り会ったことは無い。……くふふふ。どうだガレスよ、僕はついにお宝を見つけ出したぞ!」
死体というやつは大概、血の気も失せて肌もハリを失っており、腹を空かした魔物たちにかじられて見るに堪えない状態になっているものだが、彼女が手にしている生首は、確かに死体にしてはやけに肌つやが良い。カラスにでもつつかれたのか、多少の傷があるものの、目立った損壊も無い。
「なるほど、確かに珍しいな」
本来ならば、死体になど一切の興味を示さないガレスも、これには関心を示した。この平野で人間と魔族との戦闘が行われたのは一ヶ月も前のことだ。もしも、その戦闘で死んだのであれば、この状態で残り続けているのはあり得ないことだ。
「野盗同士で内輪もめでも起こしたか?」
考えられる可能性としては、戦後に戦利品を巡って野盗同士が争った、というくらいだろう。 ガレスは死体の鼻先を軽く弾いた。その瞬間であった。
「ん?……ああ、気を失っていたか。くそ、またカラスか……」
死体が動き始めたのだ。
「「あああああああああああ!」」
二人の腹の底からの絶叫が戦場跡に木霊した。
驚きの余り、エルナが生首から手を離すと同時に、ガレスは頑強な鎧を纏った腕を天に向かって振り抜いた。生首はボールの様に空高く跳ね上がり、やがて地面へと落ちた。
「イキテタ……ガレス、アレ、イキテタ!」
「落ち着け、片言になっているぞ」
二人は何とか呼吸を整えながら、生首から距離を取る。
「あああああ、ガレス、き、君は一時的とはいえ僕の騎士なのだろう?ちゃんと責任を持ってあの生首を地獄に送り返してやるんだ。いいね?」
「勝手なこと言うな。アレはお宝なんだろう?お前が責任を持って持ち帰れ、俺は知らん」
「ばばばばっばバカ言うな!アレがお宝だと言ったのは死んでいたと思ったからであって、生きているのならばお宝じゃない。絶対にお宝じゃ無い。ぜっ・たい・に!」
二人が言い争っている間に、生首はもぞもぞと動き出す。
「……おい、動いたぞ」
ガレスは素早く剣を抜く。エルナは素早く彼の背中に隠れた。
首から下があれば何の変哲も無い人間に見えるのだが、ソレが無いだけで、これほどまでに見るものを恐怖させるとは。ガレスは額に汗が流れるのを感じた。
生首と目が合う。さあ、何を仕掛けてくる。剣を握る手に力がこもる。
「……悪いけどさ、動けないんだ。助けてくれない?」
「「……は?」」