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比類無き中二病


「ふう。……我ながら上手く時間が稼げたものだ」


 エルナが大きく息をついた。彼女には見えていたのだ。ユーリの背後から音も無く忍び寄るニクスの姿が。


「普通の人ならあんな恥ずかしいこと中々言えないですよ。普段から考えていたんですか?」

「フッ、深淵の魔女には恥じらうことなどありはしないのだ!」

「その台詞からして恥ずかしいですけどね」


 身体中の土埃を払いながらニクスが言う。


「全く……『一回』死んじゃいましたよ」

「おかしいな。僕には君が生きているように見えるが」

「ええ、生きていますよ。私は『不死身の剣聖』ですので」

「なるほど。つまりは君も死霊というわけだな?」

「全然違います。私はれっきとした人間です」


 不意に夜風が吹き抜けて、二人の間に沈黙をもたらす。


「……なあ、ニクス」


 エルナがポツリと呟いた。


「お前……ユーリを全力で殴ったよな?」

「まあ、その場のノリというものもありましたし……はい、限りなく全力で殴りました」

「アイツ……生きているか?」


 二人の間に長い沈黙がおりる。


「お前まさか……アイツを殺して……」

「非常事態だったので、致し方ないと考えております!」

「そんなわけに行くか!すぐに確認だ!」


 二人は揃って屋敷の壁に叩きつけられたユーリの元へと駆け寄った。


―――――


幸いなことに、ユーリからは微かな呼吸の音が聞こえる。二人はひとまず胸をなで下ろした。


ただ意識を失った彼女の身体は、糸の切れた人形のようにグッタリとしたまま一切動かない。


「エルナさん、コレ」


 ニクスが見せたのは、ユーリの首につけられていた首輪であった。


「それは『服従の首輪』だな?」

「はい。どんな手段を使って着けさせたのかは分からないですが、魔獣はコレで悠里さんを操っていたみたいです」


 首輪に刻まれた呪文が、その効力を示すように青白く光っている。


「……こんなもの!」


 ニクスは首輪を思い切り引きちぎった。光が霧散していく。どうやら効果は失われたようだ。


「おかしいな。僕にはその首輪は皮革で出来ているように見えたが」

「皮革でしたよ?でも、簡単に引きちぎれちゃいました!」

「僕の認識では皮革は人間がおいそれと引きちぎれるようには出来ていないはずだが……」

「まあまあ、良いじゃないですか。ひとまず悠里さんを屋敷の中へ運びましょう?」


 釈然としないが、今はひとまずユーリのことが先決だ。ガレスが帰ってきたら力比べをしてもらおう。多分、良い勝負をするはずだ。


―――――


「エルナさん……一体、悠里さんの身体に何したんですか?」


 ニクスが呆れたように言った。


 二人はユーリを屋敷の中へ運ぼうとしたのだが、持ち上げようにも彼女の身体は蛸のようにつかみ所が無く、スルリとすり抜けてしまうのだ。


「……僕にも分からない。研究を続けているがユーリのことは分からないことだらけなんだ」


 ニクスの刀とエルナの杖、それからローブを使って即席の担架を作り、何とか抱えることに成功する。


「……でも、確かに悠里さんの身体は普通ではありませんよ。普通、デュラハンは『大声を上げて攻撃する魔術』なんて持っていないはずなんです。吠えることで相手を威圧することが出来る魔獣はたくさんいますが、声だけで攻撃するなんて聞いたことがありません」


「おい待て、ユーリはデュラハンなのか!?」

「そうですよ。知らなかったんですか?」

「ユーリはそんなこと言っていなかったぞ!?」

「本人も知ったのはつい最近のことでして……」

「ええい、なんて言うことだ。謎が深まっていくばかりじゃないか!」


 エルナは爪を噛んだ。


「こうなったら徹底的に研究して……おわっ!?」


 不意にエルナが膝から崩れ落ちた。思いも寄らぬ負荷がかけられたためだ。


「おい、いきなり手を離すなよ!」

「ごめんなさい、何か目眩がして……」


 振り返ると、ニクスは腰を抜かしたように座り込んでいた。


「その……悠里さんから良い匂いがして、それを嗅いでいる内にフッと……」

「この非常事態になにやっているんだお前」

「ええと、違うんですよ!決してそんなやらしい意味じゃ無くてですね!?その、風に乗ってフワッと花のような香りがして……」

「花の香り?」


 エルナも鼻をひくつかせる。夜風に乗ってわずかに鼻腔を掠めた匂いに、魔女はすぐさま袖で鼻を塞いだ。


「おい、今すぐ嗅ぐのを止めろ」


 ニクスにもハンカチを手渡す。それがどういう意味か彼女にも理解できたようだ。同じように鼻を塞いだ。


「これは魔法植物―――ベラドンナの匂いだな。意識を混濁させる毒薬だ。どうやら、その魔獣とやらはコレをユーリに嗅がせたらしい。あの首輪をつけることが出来たのも説明がつく」


 エルナは杖を手に立ち上がった。


「だが、匂いを残したのは悪手だったな」


 杖の先で地面をトンと叩く。彼女の足下から一匹の犬の死霊が勢いよく飛び出した。


「コイツに匂いを辿らせるぞ。恐らく魔獣の元へと導いてくれるはずだ。死霊だから毒薬の効果も受けないしな。正にうってつけの存在だ!」

「なるほど!さすがはエルナさん!」

「いいぞ、もっと僕を褒め称えろ!そうだ。我こそは深淵の魔女!比類無き死霊術の使い手なり!」


 魔女はその台詞と共にビシッとポーズを決めた。


「……でも、ひとまず悠里さんを屋敷の中に運びません?このままだと風邪引いちゃいますし」

「……そ、そうだな。すっかり忘れていた」


 もう一度担架を組み直して、二人で慎重にユーリを運んでいく。もちろん、うっかりベラドンナの匂いを嗅いでしまわないよう鼻と口は覆った上で、だ。


この連載の総合評価が100ptを突破いたしました。

これも偏に読んでいただける皆様のおかげでございます。

これからも頑張りたいと思います。

ご意見、感想もお待ちしております。

よろしくお願いします!

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