渓谷の魔獣
「……いつまで笑っているんだよ」
「だって……フフ……ユーリの顔ったら……フヒヒ……」
延々と笑い続けるミリッサに辟易しながらも、僕らは渓谷を訪れていた。苔むした岩と生い茂る草花、木々は空を覆い隠すくらいに枝葉を伸ばしている。隙間から差し込む朝日と、脇を流れる小川が身体と心を癒やしてくれている……気がする。これが魔獣退治で無ければ、とても良い森林浴になっていただろう。
「その辺にしておきなよ。そろそろ標的の住処だ」
ライカの言葉に僕らも足を止める。おふざけはここまでのようだ。
僕らの前にあるのは、暗い洞穴だ。この中に標的の魔獣が潜んでいる。
「よし。準備万端だ」
僕は靴のひもを締め直した。二、三回地面を踏みならして履き心地を確かめる。うん、問題ない。
「コッチもOKよ」
ミリッサも念入りにストレッチをして、身体をほぐしている。今から相手をする魔獣がそうする必要があるからだ。
「よし、二人とも。一、二の三で走り出すんだ。良いな?」
僕らは揃って頷く。ライカが自らのポーチを開けて一つの球を取り出す。火をつけることによって爆発と煙を発する一種の催涙弾だ。彼は流れるような動作で火を熾すと、
「一……二の……三!」
それを魔獣が潜んでいる洞穴の中に素早く投げ込んだ。激しい炸裂音と共に煙が上がり、それに続いて魔獣の唸り声が聞こえる。だが、僕らにその姿を確認している余裕は無い。僕らはすでに走り出している。
「どこまで走れば良いんだったかしら!?」
「とりあえず安定した足場を得られる平地までだよ。洞穴付近では足場も悪いし、障害物も多い。魔獣にとって有利な環境になっているんだ。だから、ライカが催涙弾で巣穴からいぶり出して僕らに有利な平地での戦闘に持ち込む。……さっき言ったじゃないか」
「ごめん!聞いてなかったわ!」
「そうだろうと思ったよ!」
背後から地響きが迫ってくる。大地を踏み荒らし、木々をなぎ倒しながら荒々しい息づかいで魔獣は一歩また一歩と三人との距離を詰めていく。
「よし、もう一つ!」
ライカが振り向きざまにもう一度、先ほどの催涙弾を投げつけた。鼓膜が破れそうな破裂音に、周囲の鳥や小動物も一斉に逃げ出す。
「すごいな、ライカ。タイミングバッチリだ」
「感覚で分かるんだよ。匂いや足音、それに周囲の雰囲気でタイミングを計っているんだ」
君もいずれ分かるようになるよ。そう言われると、何だか出来そうな気がしてしまう。僕は自分の顔を何度か触って確かめた。……ニヤけていないよな、僕?
「…………」
「おい、そんな目で僕を見るんじゃない」
ミリッサが何とも言えない生温い視線を僕に投げかけてくる。
「ユーリ……良かったら相談に乗るわよ?」
「お前、後でぶっ飛ばすからな!」
「―――――!」
魔獣が咆哮する。大地がたわみ、僕らはほんの一瞬、無重力の中にでもいるように浮き上がってしまう。……マズい。
「おおおお!?」
恐らく三人の中では、僕が一番身体が小さく体重も軽いのだろう。高々と舞い上がった僕の身体は、脇を流れる小川に叩き込まれてしまった。
「ユーリ!?」
小川といえどもバカには出来ない。意外なほどの急流に体勢を整えることも出来ないまま、僕の身体はみるみる流されていく。身動きを取れない水の中では、兵士たちの記憶も役に立たない。
「待ってろ、今助けるから!」
ライカがすぐに川に飛び込んでくる。何て奴だ。勇者かよ。
「ちょっと、私はどうすればいいのよぉ!?」
「死ぬ気で逃げろ!すぐに合流するから!」
「無茶言ってくれちゃって!」
ミリッサがポーチからあらゆるアイテムを手にして駆け出していく。不幸にもというべきか幸いと言うべきか、魔獣は標的をミリッサに合わせているようで、こちらには目もくれずに走り去っていった。彼女の無事を祈るのは当然だが、少しだけ「痛い目に遭え」と思ってしまっている自分がいる。
「よし。今のうちに岸に上がるぞ。少し我慢してくれよ」
「う、うん。……大丈夫だ、問題ないよ」
ライカが僕の身体を抱き寄せて、岸へとゆっくりと泳いでいく。線の細い奴だと思っていたが、なかなかどうしてガッシリとした身体つきだ。冷たい水の中にいるはずなのに熱くて仕方が無い。
僕はどうなってしまったのだろう。まさか本当に魔獣に変な呪文をかけられているのか!?
隔日投稿すら出来ませんでした。申し訳ありません。
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