小学校の遠足以来?
「悠里さん……随分とご機嫌ですね?」
「え?……そ、そうかな?」
「ええ、とってもご機嫌に見えます。今朝はあんなに魔獣を怖がっていたのに、今は魔獣の事なんか微塵も考えていないくらい嬉しそうな顔をしています」
夕食の席で、ニクスが言った。彼女はそう言いながらも、両手のスプーンとフォークを決して止めない。僕の顔を訝しみながらも、彼女の両手は皿と口の間で行ったり来たりを繰り返している。隣のエルナも同様だ。
「な、何でも無いよ。今日も一日、無事に過ごせたことにホッとしているだけさ……」
「……ふぅん」
紅茶を啜って顔を隠す。でもニクスの推察は当たっている。認めたくは無いが、僕は舞い上がっている。それは昼間の打ち上げが起因している。
―――――
「へえ。じゃあ、君はあの深淵の魔女の従魔なんだ?」
結局、僕はミリッサとライカの二人と酒盛りに興じてしまっていた。以前はあんな大失態を演じたにも関わらずに、僕のグラスを傾ける手は止まらない。
「う、うん。まあ、ね……」
「この子ったらすごいのよ。初めてのクエストであの屍肉漁りを一人で倒しちゃうんだから!」
「ほう、それはすごいね。熟練の冒険者でも油断できない相手なのに。僕も一人では倒せないなぁ」
ミリッサの言葉に、ライカは感心したようにウンウンと頷く。たったそれだけのことなのに、自分がとても誇らしい気持ちになって、ますます酒が進む。
「ギルドのみんなが君を頼るのも道理だね。僕も頼っちゃいそうだ」
「だったら次のクエストは三人で行きましょうよ。ユーリの実力を見せるためにも、ウンと報酬の高い奴を、ね!?」
「ミリッサはたかりたいだけだろう?」
「バレた?」と舌を出した彼女に呆れながらも、内心はこれ以上無いほど期待してしまっている自分がいる。目の前の青年が「YES」と言ってくれるのを待っているのだ。34歳のおっさんなのに。
「うん、いいよ。じゃあ明日はどうだい?僕も早くユーリの実力を見てみたいよ」
彼の言葉を聞いた僕は、ミリッサ曰く「信じられないくらいの笑顔」だったそうだ。悪いな、ニクス。明日もエルナの面倒を見てもらうことになりそうだ。
―――――
翌日も僕は夜も明けきらない内から目が覚めてしまった。と言うよりも、昨夜は一睡も出来なかった。今日のことが待ち遠しくて眠れなかったのだ。こんなことは小学生の時の遠足以来だ。
「悠里さん……随分と早いですね?」
「ん?ああ。ね、眠れなくてね……?」
ベッドから静かに出たつもりだったが、ニクスにはすぐに気づかれてしまった。お前は自分の部屋で寝ろよ。
「昨日から様子がおかしいですよ。もしかして魔獣に変な呪文でもかけられたんじゃないですか?」
「いや、そんな事は無いはずだよ。だって魔獣にも会っていないし……」
「ほんとですかぁ?」
ニクスが僕の顔をまじまじと見つめる。熱を測ったり、頬を引っ張ったり、色々な事をされたが、最後には諦めたらしく大きなため息をついてベッドに戻った。
「うーん……無理しちゃダメですよ?今日は見逃しますが、明日は悠里さんがなんと言おうと私がクエストに行きますからね」
「……ああ、分かったよ。明日はニクスに代わる」
「よろしい、では気をつけて行ってきてください。私はもう一眠りします」
ニクスはそのまま僕のベッドで静かに寝息を立て始めた。だからお前は自分のベッドで寝ろよ!
―――――
「やあ、ユーリ。随分と早いね?」
「あ、ああ。早く目が覚めちゃってさ」
まさかニクスと同じ言葉を言われるとは思いもしなかった。だが、今の言葉には一片の嘘も無い。前日あれだけ深酒をしたにも関わらず、一睡もせずに出てこれたのは、今日のことが、いや彼―――ライカに会えるのが楽しみで仕方なかったからだ。
「ちょっと。私もいるんだからね?」
ライカの後ろからミリッサが姿を現す。悪いがすっかりと忘れていた。
「じゃあ、行きましょうか?」
「ああ、もちろん。ほら、ユーリも」
ライカがそう言って僕に手を差し出す。まるでエスコートされるお姫様の気分だ。躊躇いながらも彼の手を取って歩き出す。何だろう、悔しいがこんなに嬉しいことは無い。
「まるで父親になった気分だよ。子供はユーリみたいな子が良いな」
「あら、じゃあ私がお母さん?ユーリちゃん、ママとも手をつなぐ?」
僕はまたミリッサのスネを蹴り上げた。そうだよな。僕の容姿を考えれば、恋人よりも親子の方がしっくりくるよな。僕の気持ちとライカの気持ちは一緒じゃ無いのも当然だ。
……あれ?なんで僕はがっかりしているんだ?
僕はそのまま二人に手を引かれて冒険者ギルドへと入っていった。僕が笑いものにされたのは言うまでも無い。
もはや隔日投稿が当たり前になりつつあります……。申し訳ありません。
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