魔獣の思う壺!?
「よし。……これで終わりだな」
依頼目標であったゴブリンの討伐を終えて一息つく。だが、討伐した後もソワソワと気持ちが落ち着かない。背後に視線を感じる……ような気がする。地面を転がる小石の一つ、枯れ葉の一枚にも驚いてしまう。これでは本当に魔獣の思う壺だ。
「おい、ちゃんと見張っていたのか?」
僕はこのクエストに同行していた冒険者の男に呼びかけた。男は木の幹によりかかって静かに寝息を立てている。
「おい!」
「ん?ああ……すまん。寝ちまったよ」
「僕はアンタの職業が『野伏』だから誘ったんだぞ。その野伏が寝ていてどうするんだよ。近くに敵の気配は無かったのか?」
「ああ。……魔獣の気配は何処にも無いよ。ユーリ、お前が倒したゴブリンの気配だけだったさ」
男は欠伸をしながらゆっくりと立ち上がった。その姿を見ていると今ひとつ信用ならないが、広い索敵能力を持つ野伏が言うのならば、とりあえず信じる外ない。
「でもな、ユーリ。良かったのか?『索敵に集中していれば戦わなくてもいい』なんて。俺はちゃんと報酬の半分はいただくぜ?」
「僕がそう言ったんだ。構わないよ」
前にも言ったが、大体の魔獣は僕が一度吠えれば爆発四散する。だから他人の手を借りることはほとんど無いし、乱暴な言い方をすれば連れて行くだけ無駄なのだ。しかし、今日は違う。まだ見ぬ魔獣の影はいつ忍び寄ってくるか分からない。彼の様な索敵に長けた者が一人でもいれば、僕は安心して戦えるのだ。それだけでも報酬を折半する意義はあると思う。
「それならいいが……どういう風の吹き回しなんだ?普段は俺が誘っても素気なく断るくせに」
「別に。ギルドから聞いたんだ。この辺りに見たことの無い魔獣が出るって。警戒しておこうと思ってね」
当然ながらこの話は嘘だ。だが、僕といればそのうち彼も魔獣をお目にかかることが出来るだろう。あるいは、魔獣はこの野伏の男の索敵範囲の外から僕を見ていると言うことだろうか。もしそうであるならば、手紙を送りつけてくるのも自信過剰では無いと言える。
「そうか、見たことも無い魔獣か。……それはこんな奴じゃないか!?」
男はそう言って、先ほど倒したばかりのゴブリンの死骸を拾い上げて、僕の顔の前に突き出した。
「ああああああああああ!!」
すでに魔獣の影に怯えきっていた僕は、あらん限りの力で声を張り上げた。恐らくベヒモスも一撃で屠れただろうその一撃は、森の中に大きな穴を作ってしまった。
―――――
「悪かったよ、ユーリ。すまなかったな」
「次やったら、お前の頭を吹っ飛ばすからな!」
謝罪しながらも、まだ笑いを堪えているところを見ると今度こそぶっ○してしまいそうだ。
「次も頼むぜ、ユーリちゃん」
「もうお前とは組まない!」
僕は報酬を受け取ると、早々に冒険者ギルドを飛び出した。これ以上、この場所にいると笑いものにされることは免れそうに無い、と感じたからだ。だが、いざ一人で帰途につくと、それまでの怒りはすっかりと消え失せて再び不安にかられてしまう。
「だ、大丈夫大丈夫……」
自分に言い聞かせるように呟く。片手はしっかりと剣の柄に手をかけたままだ。
土を踏みしめる自分の靴の音ですら恐ろしく聞こえてしまう。借金返済のためにクエストに出たが、これでは僕がもたない。明日はニクスに変わってもらおう……。
「あら、ユーリ。帰ってきたのね」
酒場の前を通ると、すでにクエストを終えたのだろう、ミリッサが赤ら顔で呼びかけてくる。どうやらすっかり出来上がっているようだ。
「ああ。今終わったところだよ……」
「?えらく疲れた顔しているのね。大変だったの?」
「うん、ちょっとね……」
ミリッサが話を聞きたがっているが、今日はもうそんな気分では無い。僕は家に帰ってさっさと寝たかった。
「……今日はもう帰るよ」
「そう、残念だわ。せっかくライカと一緒に飲んでるのに……」
思わせぶりな彼女の言葉に僕の足は止まる。酒場をのぞき込めば、そこには確かに彼の姿がある。彼も僕を見て軽く手を挙げた。
「やあ、さっきぶり。ユーリちゃん……だっけ?クエスト終わったのなら一緒にどうだい?君の話も聞かせてほしいな」
ライカがグラスを片手に爽やかな笑顔を振りまく。僕は無意識のうちに言葉を発していた。
「喜んで!」
……あれ?僕って男だったんだよな?
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