美作悠里は34歳の生首である。
どれくらい時間が経ったのだろう。驚くべき事に僕は目を覚ました。
最初は神様がくれた能力がちゃんと発動したのだと思ったが、その可能性はすぐに打ち消した。身体の自由が利かないのだ。首からの下の感覚が無い。
まさかと思い、目線を下げる。やはりというべきか、僕の首から下はすっかり無くなってしまっている。有り体に言えば今の僕は「首だけ」なのだ。どうやらあの時、豚の着ぐるみに首を跳ね飛ばされてから、そのままで放置されていたらしい。これでは「不死身の剣聖」とは呼べそうにもない。ちくしょう、あの神様め。今度会ったらただじゃおかないからな。
どこかに胴体が落ちているかとも思ったが、この身体……もとい首だけでは動くことすら叶わない。何とか身……もとい首を捩って辺りを見回すが、死屍累々の戦場跡では、どれが自分の身体か判断もつかない。首から上が無い死体もざっと見ただけで数十から数百はありそうだ。
すっかりと焼け野原となった戦場跡は、未だに草木や人や魔族の身体を焦がす炎が燻っている。恐らく戦闘が終わってからそれほど時間は経っていない。きっと近くに誰かがいるはずだ。
「おぉーい、誰か。誰かいませんかぁー!」
僕は力の限り叫んだ。人だろうが魔族だろうが見つけて貰わない限りは僕自身では今の状況は打破できない。この身体のまま朽ち果てていくくらいなら、いっそ殺された方がマシだ。
「誰かー!」
何度も叫ぶが、答えは一向に返ってこない。返ってくるのは、風に乗った灰だけだ。
このまま誰にも見つけられずに独りぼっちで死ぬのだろうか。この戦場跡に転がる無数の名も無き屍の一つになって、風にさらわれるのを待つだけなのだろうか。思わず涙が出てくる。今年で三十四歳なのに。いや、だったというべきか。
違うんだ。これは灰が眼に入っただけなんだ。鼻水が出るのも灰が入っただけなんだ。俺は怖くなんか無いぞ。淋しくなんか無いんだ。
「おぉーい!」
僕はその後も叫び続けた。結局、その日は誰の姿も見ることは出来なかった。
―――――
「誰かー!」
次の日も僕は叫び続けた。だが、答えは無い。影も形も見えなければ、幻影すら見えてこない。このままだと自分で舌をかんで死ぬことも考えなくちゃ行けなくなってきそうだ。
とうとう涙が頬を伝って地面に流れ落ちた。ちくしょう。こんな身体じゃあ、涙も拭えやしない。
「誰か……誰かいないのか……」
こぼれる涙も拭えずに叫び続けていると、不意に頭上に衝撃が奔った。最初は何かの間違いかとも思ったが、その衝撃は続けざまに何度も押し寄せる。硬く尖ったもので僕のつむじを執拗につついてくる。
誰かが僕を見つけてくれたか?とうとう救われた、と正に天にも昇る気持ちでいたが、やはり現実はそんなに優しくは無かった。
空を飛び回っていたカラスたちが、一斉に僕の肉を啄みに来ていたのだ。
「わっわっ、おい、痛い痛いって!」
僕は必死に叫ぶが、声だけで手も出せない相手では、カラスたちはちっとも臆さない。それどころか、せっかくの獲物を逃すまいと、徒党を組んでどんどんと啄みにくる。
僕は地面を転がりながら、少しずつ食いちぎられていく自分の肉を見て思った。
これだけで終わってしまうのか。あれ以来、神様からの声も全く聞こえなくなってしまった。このまま死ぬしか無いのか。八面六臂の活躍は、立身出世からの悠々自適コースは、一体どこに行った。こんな展開、僕はもちろん誰も望んじゃいないはずだ。
何よりここまで死を間近に感じて、心の底から出た言葉はやはり「死にたくない」だった。ついさっきまで死ぬことを考えていたが、やはりごめんだ。僕はもう死にたくは無い。
「やーめーろーよーおおおお!」
僕は渾身の力で叫んだ。もしも誰かが見ていたなら、涙と鼻水をまき散らして泣きわめく姿はとても間抜けに映ったはずだ。恐らくカラスたちにもそう見えたのだろう。だが、それが功を奏したのか、僕を取り囲んでいたカラスたちは一斉に飛び去ってしまった。
助かった。と思ったが、結局はまたひとりぼっちに戻っただけだ。僕はまた一人悲しく叫び続けるしか無いのだった。