夢の中でも召使い
その夜、僕はまたしても夢を見た。いつも通りだが、僕の身体を構成する兵士たちの記憶が流れては消えていく。一人、また一人と剣で切られ、槍で突かれ、矢で射られて戦場に倒れていく。彼らの結末を知っているのに、それを変えることが出来ないのは、もどかしい限りだ。僕に出来ることは、彼らの冥福を祈ることだけだ。出来ればニクスみたいなおっちょこちょいな神様に当たらないことを特に祈っておく。
そうしてジッと祈っていると、いつの間にやら景色がすっかりと変わっている事に気がつく。ここはどこかの宮殿だろうか?部屋と見間違うくらい広々とした廊下に、足下にはふかふかの絨毯が敷かれている。柔らかな陽が差し込む窓も大きく、カーテンも絹のような上品な手触りだ。
だが、今更「これは誰の記憶だ?」なんて僕は言わない。僕が見る夢の中で、場面が変わるのはただ一人、「彼女」だけなのだ。同じ光景を繰り返す兵士たちの記憶の中に混じっていると、その異様さがより際立って見える。しかも、この記憶だけは体感型だ。僕はこの世界にしっかりと役割を持って存在している。
窓に映る自分の姿は、メイド服を身に纏った「女給さん」らしい。……うん、なかなか悪くないな。
一人でニヤニヤしていると、突然、頭に衝撃が走る。見ると、そこには女給の先輩と思わしき妙齢の女性が無言で怒りを湛えたまま立っている。
「えーと……何でしょうか?」
「何をやっているんだい!私たちの城が襲撃に遭っているんだよ!?」
「ええええ!?」
慌てて、窓の外を見回せば、遠くの方に黒煙が上がっているのが見える。呆然としている間にも、あちこちで爆発が起こり、怒声と悲鳴が交互に木霊する。
「私たちは戦えない奴らを避難させるんだよ、急ぎな!」
言われるがまま、先輩女給に手を引かれて避難誘導を行う。どうやらこの宮殿には女性や子供と言った非戦闘員も多数いるらしい。それも、その多くが尖った耳や、尾ひれや水かき、尻尾など人間とは異なる特徴を持った者ばかりである。僕は恐る恐る先輩女給に尋ねた。
「あの、先輩……この子たちって」
「ああ!?なんだい、ここは魔王様のお屋敷なんだから、エルフやリザードマンがいたって何の不思議も無いでしょうが!」
なんと言うことだ。ここが魔王の屋敷なのか。エルナの屋敷でも随分と大きなものだと思ったが、ここはその倍以上だ。
「どうやら襲撃者は一人だね。随分と豪気な人間がいたもんだ」
先輩が吐き捨てるように言う。ゲームですら勇者は二人ないしは三~四人のパーティで戦うものだが、ソロプレイヤーなんて現実にいるんだな。僕は避難誘導の傍ら、窓の外に目をやる。そこでは、一つの影がものすごい速度で動いているのが辛うじて判断できる。この城の衛兵のものだろうか、魔術で造り出したであろう炎や氷が宙を飛び交っている。だが、そのどれもが襲撃者を捉えることが出来ずに空振りに終わっている。
「モタモタしないの、急ぎな!」
先輩に叱咤されて、再び避難誘導に戻る。確かに、襲撃者がこの非戦闘員を襲わない保証など無い。僕には夢の中でも、彼らには現実なのだ。
「うわっ!」
目の前で爆発が起こった。衝撃で瓦礫が弾け飛び、避難中のエルフやリザードマンの耳をつんざくような悲鳴が上がる。リザードマンのソレは特に高音で、思わず意識を飛ばしてしまいそうになる。夢の中で意識が飛ぶと僕は現実に帰れるのだろうか、なんて考えながらも、先輩女給と一緒に彼らを必死に宥める。
「あんた、構えな!侵入者かもしれないよ」
先輩に促されて、咄嗟に壁に立て掛けてあった槍を手に取る。先輩の方も懐から小刀を取り出して臨戦態勢をとっている。さて、一体どんな奴が出てくるのか……。
「バーバラさん、大丈夫です。私です!」
砂煙の中から現れたのは、意外というかやはりというか「彼女」であった。見た目は前回からさほど変化は無い。だが、その装備は以前よりも仕立ての良いものであることが窺える。
「なんだい、アンタか。……大丈夫かい?」
「はい、私の方は大丈夫です」
どうやら彼女と先輩女給(名前はバーバラというらしい)は、顔見知りのようだ。この戦場の真っ只中でも和やかな会話を繰り広げている。
「でも、今の一撃で剣が折れてしまって……」
そう言って彼女は自らの剣を見せた。一体、どんな負荷がかけられたのだろうか。そう思ってしまうくらいに剣の刀身はボロボロに砕けていた。
「チッ、しょうが無いわね。あんた、その槍を貸してあげな!」
「えっ、コレ?」
「そうだよ、早くしな!」
先輩―――バーバラに急かされて、彼女に持っていた槍を手渡す。彼女はゆっくりとソレを受け取って、ふわりと微笑んだ。
「ありがとう。でも、ここは危ないから早く避難してね?」
槍は瞬く間に彼女の手の中で鋭く研ぎ澄まされた。形もそれまでの野暮ったさが消えて、シャープなデザインだ。
「―――!」
彼女はすぐさま、飛び出していった。余りの速さに目で追うことすら出来なかった。遠くの方で刃がかち合う音だけが聞こえる。
「全く……あの娘がいなかったら魔王軍もお終いだね」
バーバラの口ぶりから察するに、彼女も魔族のようだ。僕は自分の身体に縫合痕のように残る白い筋をジッと見つめた。彼女も僕の身体の一部になっているのだろうか。
不意に、壁がもう一度突き破られた。また彼女が吹き飛ばされてきたのだろうか。僕とバーバラは急いで駆け出す。
「いたた……」
僕はその人物を見て、驚きの余り目を見開いた。漫画だったら目が飛び出していることだろう。
「……ニクス?」
瓦礫の中に埋もれていたのは、彼女では無く、その敵であろう人物―――ニクスだったのだ。
「ニクス!ど、どうしてここに……?」
「?……どなたですか?」
彼女は何事も無かったように起き上がり、身体に着いた土埃を払った。どうやら彼女は僕が分からないらしい。夢の中だから違う人物に見えているのかも知れない。
「ニクス……いい名前ですね。次からはそう名乗ることにしましょう」
彼女は、呆然とする僕らを横目に、再び刀を構えて飛び出していった。
待てよ。今戦っているのがニクスで、これが過去の出来事。ということは……。
「バ、バーバラさん。今、あの人間と戦っているのってひょっとして……」
「なにさ、あんた知らないのかい?あの娘は魔王軍きっての実力者にして魔王様の従魔―――ユーリだよ」
「ええええええええええええええ!?」
僕は叫び声を上げてベッドから跳ね起きた。
また二日も空けてしまいました……。ごめんなさい。
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