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ゲームの知識は当てにはならない


「―――――!」


 大巨人の腕が容赦なく大地を打ち抜く。衝撃に足がもつれて転びそうになるが、幸いなことに僕の身体に宿っている「兵士たちの記憶」が上手い体重移動の方法や、安定した足場の選び方を教えてくれるおかげで、何とか転ばずに済む。


 だが、身体の方はそうも上手くは行かない。何せ先ほどまで寝込んでいたのだ。これ以上、動き回ると戻してしまうかも知れない。僕はせり上がってくるものをどうにか堪えて、また走り出す。


「おい、僕の上で戻すなよ」

「……そう思うなら、自分で走ってくれないかな?」

「ふん。僕とて、そんなことが出来るならとっくにやってるさ!」


 僕の腕に抱えられながら、エルナは踏ん反り返って言った。いっそのこと、わざと戻してやろうか。


「ああもう、アイツいつになったら消えるんだよ!」


 あくまで前世における漫画やゲームの知識だが、強大な魔法というものは、強大であればあるほど、稼働時間が短くなるものだ。この大巨人もその類いで、ある程度の時間を凌ぎきれば何とかなる、と考えていたのだが、一向に消える気配が無い。むしろ時間を追う毎に元気になっている気がするくらいだ。


 正直な告白をすると、そろそろあの拳を回避するのも、走り回るのも辛くなってきたのだ。ここら辺で消えてくれないと、僕は本当にもう一度戻すハメになる。その時はエルナも道連れだが。


「あー、ユーリ。その……悪いんだがな。アイツは……その、何だ……消えないぞ?」

「……は?」


 エルナの説明に寄ればこういうことだそうだ。


 彼女の死霊術によって生み出された「死霊の大巨人」は、巨人の身体を構成する「召喚呪文」と、巨人を意のままに操る「制御呪文」とに別れているらしい。巨人の身体を構成する召喚呪文は、召喚してしまえばそれっきりであり、後は制御呪文で攻撃を行い、役目が終われば分解させる、というのが基本らしい……。


「つまりアイツを消すには、僕がもう一度アイツを制御した上で解除の呪文をかけるか、単純に力づくでぶっ壊すか……どちらかだな」

「よし、もう一度制御しろ。早く」

「そうしたいのは山々なんだが、生憎一度切れた魔力はそう簡単には回復しないんだ……」

「……どれくらいかかる?」

「そうだな……最低でも3時間は欲しいな」


 よし、僕らはここで終わったな。


「どこからか都合良く援軍はやって来てくれないかなぁ!」


 唯一の頼みはガレスだが、彼はこの大巨人のおかげで安否は不明だ。


 それに、このまま自分たちの心配だけもしていられない。これ以上、街に被害が出れば色々な意味で僕らは死ぬ。つまり逃げ回っていても僕らの結末は「ゲームオーバー」だ。


 やむを得ないが、僕が頑張るしかなさそうだ。もう知ったことか。もう○○でも何でも出してしまえ。


「―――――!」


 大巨人の腕が再び振り下ろされる。辛うじて回避すると同時に、その腕を伝って大巨人の身体を駆け上っていく。一度しかないチャンスを無駄にしないためには、より的確に弱点を射貫かなければならない。考え得る弱点は「頭」か「心臓」だ。迷っている時間は無い。僕は息を吸い込んだ。


「―――――!」


 思い切り声を張り上げる。僕は渾身の声を大巨人の顔面へとぶつけると同時に、胃の中に残っていたものを全て吐き出した。飛び散っているのが大巨人の肉片か、それとも僕の胃の中身か、判断がつかない。


 大巨人の頭が吹き飛び、動きが止まる。良かった。下手に心臓を狙って的を外すよりは、頭の方が確実だったわけだ。でも、これ以上はもう動けそうに無い。僕は大の字になったまま天を仰いだ。


「おい……よくも僕を投げたな」


 エルナがお尻の辺りを押さえながら言った。どうやら僕が咄嗟に彼女を投げた際に、尻餅をついたらしい。女の子であるエルナには悪いことをしてしまった……かもしれない。でも抱えたままでは戦うことすら出来なかったし。


「人をここまで頑張らせておいてその言い草は無いだろ……」

「いいや!あんな大巨人、僕が魔力の調節を間違わなければ大したことなかったんだ!今回の事で僕のお尻が腫れ上がってみろ、謝ってもらうからな!」


 謝るだけで良いのかよ。ともあれ、どうにか事態を収めることが出来た。今日はもうこのまま眠ってしまいたい……。


「おい……おい、ユーリ!」

「何だよ……僕はもう疲れたんだよ。悪いけど、少しくらい眠ったって良いだろ……」

「違う!見ろ、大巨人が!」


 エルナに急かされて、目を開けば、頭部を失った大巨人が再び動き始めていた。


「……頭を吹き飛ばしたのに」

「ふふふ。分かっていないな、ユーリ!僕の『死霊の大巨人』は、数多の死霊たちを寄せ集めて作ったものだ。だから頭部を吹き飛ばしたくらいでは死なないのだ!」


 なんで得意満面で説明してんの、この娘。


「それってつまり……僕らはとってもヤバい、って事じゃ無いのか?」

「よく気づいたな、ユーリ!……その通りだ」


「馬鹿野郎―――!」


 首の無い大巨人が咆哮する。ビリビリと空気が震えて、それだけで身体中が痺れたように動かなくなる。


「……エルナ、魔力はまだ回復しないのか?」

「僕を馬鹿にするなよ!全くしていないぞ!」

「威張って言うことか!」


 大巨人の腕がゆっくりと持ち上がる。せっかく戻してまで頑張ったというのに、どうやら僕の異世界生活もここまでのようだ。出来るならば、僕の首から下の行方だけは知りたかったなぁ……。


―――「いいえ、美作悠里さん。あなたはまだ死なせませんよ?」


 不意に、誰かがそう言ったかと思えば、僕らの前を突風が吹き抜けた。


「な、何だ……?」


 一体、誰だ?しかも声の主は僕の事をこの異世界での呼び方である「ユーリ」ではなく、本名の「美作悠里」と呼んだ。僕の事を知っている誰かが、僕らを助けに来てくれたのか?


 自由の利かない身体で何とか起き上がると、大巨人の前に立っている誰かの姿が見える。声の主だろうか……?


 名前も知らないその誰かは、咆哮する大巨人にも怯むこと無く、剣を手に高く飛び上がった。


「―――え?」


 それ以上の言葉が出なかった。謎の人物は、自分の身体の何倍、いや何十倍もある大巨人を、たった一本の剣のたった一撃で、真っ二つに切り裂いてしまったのだ。


「ああああ、僕の大巨人があああああ!」


 エルナが横で騒いでいるが、そんなことは気にもならない。


 アレは一体、誰だ?


 先ほどの更新が短めだったので、今日はもう一話分更新させていただきました。

  

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