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今日の従魔は二日酔い。


「えーと……確認させてくれ、ユーリ。つまりお前は、クエスト終わりにミリッサと飲み比べをした結果、ベロベロに酔っ払って、その間にクエストの成功報酬を丸ごと盗まれた、ということで良いんだな?」


「……そうです、その通りでございます」


 ガレスの問いに、僕はベッドの上で何とか答えた。聞いた話では、あの後ミリッサが助けを呼んでくれたらしく、エルナとガレスが駆けつけた時には、荷車は影も形も無く、僕は吐瀉物まみれになって路上で倒れていたらしい。


「全く……何をやっているんだユーリは。お家に帰るまでがクエストだろうが!」


 エルナが至極真面目な表情でどこか間の抜けたことを言ってくるが、こうなった今となっては、その言葉が痛いほど身にしみる。


「お前たちを乗せた周りの奴らも大概だが、ユーリも自重しろよ……」

「返す言葉もございません……」

「そうだな!今のユーリが出せるのはゲ……」

「よし、そこまでだエルナ。それ以上言うと俺はお前を殴るかもしれん」

「なぜだ!」


 二人のいつも通りのやりとりを見ていると、少しだけ気が楽になってくる。だが、目の前でいつまでも騒ぎ立てられると、頭が割れそうに痛くもなってくる。出来れば続きは部屋の外でやってほしい。


「やはりユーリ一人に任せておくのはダメだな。よし!こうなったら僕が正体を隠して冒険者ギルドに……」


「「絶対にバレるからダメ」」


「何でだよぉ!」


―――――


「とにかく……今日はゆっくり休め。盗まれたものは仕方ないさ。また稼ぎ直せば良い」

「ああ……そうするよ。今日はもうねりゅ……」


 言いかけた途中で眠ったところを見れば、相当疲れていたらしい。布団をかけ直してあげて、ガレスはそっと部屋を出た。


「随分と優しいんだな、ガレス」


 エルナが林檎をかじりながら言った。その林檎はミリッサが「ユーリに」と言って渡してくれたもののはずなのだが。


「酒で失敗したことがあるのはユーリだけじゃ無いからさ」

「ああ……そうだったな?」


 自虐しておいて、納得されるとやけに腹が立つ。相手がエルナだからか?


「まあ、たまには良いじゃ無いか。ユーリはここの所、働きづめだったからな。たまにお休みくらいなら……」


 エルナがそう言って、二個目の林檎に手をかけた所で、屋敷の扉が勢いよく開かれた音が聞こえた。普段、この屋敷に立ち寄る人間なんて誰一人としていないため、突然の来訪者に俺もエルナも驚いてすぐさまエントランスまで駆け出した。


「まさか……借金の取り立てか?」

「いいや、まだ一ヶ月も経っていないんだ。取り立てに来るには早すぎる」


 二人でああでもないこうでもないと話しながら、屋敷のエントランスにたどり着く。そこには、一人の男が立っていた。そわそわとして、落ち着きの無い様子だ。ここが街の厄介者である魔女の屋敷であることを考慮すれば無理からぬ事だが、どうやらそういうわけでもなさそうだ。


「何のようだ?」


 俺が問いかければ、男はビクリと肩を跳ね上げた。


「あ、あの……」


 男は躊躇いがちに口を開く。だが、焦っているのか舌がもつれて何を言っているのか分からない。……まさか本当に借金の取り立てか?


「……おい、エルナ。お前、何を言っていたか聞き取れたか?」


 ダメ元でエルナに聞くと、彼女はやけに自信満々に言った。


「ああ、僕にはよく分かったぞ!彼は憧れの深淵の魔女様に会えて緊張しているんだ。よし、待ってろ、すぐにサインを……」

「あ、それは大丈夫です……」


 男は途端に冷静になった。俺は杖を振り上げたエルナを宥めながら男の話を聞くことにした。


「すまん、もう一度話してくれないか?」


―――――


「なるほど。つまりお前はクエストの途中でオークの群れに出会い、命からがら逃げてきた、と。そういうわけだな?」


 俺の問いかけに男は頷いた。


 話によると、彼は森で採取を行っていたらしい。もちろんギルドの依頼である。報酬は決して高くは無いが、特に難しくも無いクエストだ。達成すればその日一日を過ごすことぐらいは出来る賃金が手に入る。そう思い、彼はクエストに勤しんでいた。


 その中で、彼はある採取ポイントを発見した。その場所には、目的の木の実がなぜかやたらと落ちていたらしい。


「これで依頼は達成できる。チョロいもんだ。最初はそう考えていたんだ……」

「だが、それは間違いだった。それはオークたちが作った木の実の『貯蔵庫』みたいなものだった。……そう言うことだな?」

「そうだ。アイツらは奪われた獲物を必ず取り返しに来る。それが木の実の一つでも、だ。俺は慌てて逃げ出したが、アイツらは鼻が利く。きっと俺の匂いを覚えていて、この街を襲いに来るに違いないんだ」

「じゃあ、お前が街から出て行けば、全て解決するじゃ無いか」


 椅子に縛られたまま、エルナが言った。あの後、男を殺す勢いで杖を振り回していた彼女を、やむを得ず二人がかりで椅子にふん縛ったのだ。


「いいや、そういうわけにはいかん。さっきも言ったが、オークは鼻が利く。一度、匂いを覚えた獲物の足取り、謂わば『匂いの痕跡』をも辿ることが出来るんだ」

「ああ。今のところ俺が立ち寄ったのは冒険者ギルドと……この屋敷だけだ。すぐに嗅ぎつかれてしまうだろう」

「……お前、それを知っていてやったな?」


 エルナの問いに、男は俯いて黙りこくってしまった。彼女は椅子ごと男に体当たりをお見舞いした。俺も止める気にはならなかった。どうやらこの男は、故意にこの屋敷をオークの標的にさせたようだ。正直なところ、俺もこの男を殴りたい気持ちだ。


「すまねえ、すまねえとは思っている!でも、冒険者ギルドは取り合ってくれなかったんだ!『依頼なら依頼料を出せ』の一点張りで……だから、あの嬢ちゃんに助けてもらおうと思って……!」


「「……嬢ちゃん?」」


「あんたらの所のだろう?この間から魔獣を討伐しまくっているあの嬢ちゃんは!」

「……ユーリのことか」

「そうだ!ユーリだ。この間、一緒にクエストに行かせてもらったんだが、あの嬢ちゃん、上級冒険者でも手こずるワーウルフを一撃で倒しやがったんだ!あの能力があればオークたちが群れで押し寄せても退治できると思って……」


 男はエルナにのしかかられたまま言った。正にわらにも縋る思いなのだろう。


 だが、俺たちは知っている。男の必死の願いが徒労に終わることを。


「あー、えーと……何というか……その、だな……」

「悪いが、ユーリは今動けないぞ」


 俺が言葉を選んでいる最中に、エルナはキッパリと言った。俺の苦労を返せ。


「ええ?な、なんでだよ!」

「生憎、ユーリは二日酔いだ。少なくとも今日一日は動くことは出来ないだろうさ」

「そ、そんな……」


 男はユーリに大層な期待をしていたのだろう。落胆の色を隠そうともしない。


「でも、ここにいたらお前達も無事では済まないぞ!こうなったら、お前達に手伝ってもらうことにするからな!」


 男は、やけくそになったのか随分と横柄な態度になった。だが、この男が屋敷に来てしまった以上、オークはこの屋敷も襲うだろう。この屋敷を守るためにも、戦わざるを得ないのは確かだ。


「……今日はユーリの出番はナシ、だな」

「フフフ、この街の住人は思い知ることになるだろう。深淵の魔女の知られざる実力を!」

「まあ、今回はその実力に期待しておこうか?」


 冒険者ギルドを出禁になっている魔女と、謹慎中の騎士。この屋敷にいるのはユーリだけじゃ無いってことをしらしめておくのも、悪くないのかも知れない。


 俺は壁に立てかけていた剣を手に取った。


今日も遅れてしまいました。申し訳ありません。


ご意見、感想などございましたら、是非ともお願いします。

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