僕らの心は一つ(一人除く)
「くそ……金貨め」
大量の金貨が入ったズタ袋を引きずるようにして何とか屋敷へとたどり着く。途方も無い魔力を持っているとされているこの身体でも、単純な肉体労働には弱いらしい。というより少女の肉体では筋力がなさ過ぎるだけだが。ミリッサに半分渡したのは、以外と正解だったのかも知れない。次からは荷馬車でも用意していこう。
「はあ……僕も早くお風呂に入りたい……」
薄汚れた門扉をくぐり、雑草が生い茂る庭を横切っていく。玄関まであと少しだ。頑張れ、僕。頑張れ、少女の肉体。
「おぉーい、エルナー、ガレスー。帰ったぞぉー」
玄関の扉を開けようと、ノブに手をかけたところで、扉は勢いよく吹き飛ばされた。当然、僕も一緒に吹き飛ばされていく。幸い、ズタ袋からは手を離していたため、金貨が散らばることは無かった。
「やーめーろーよぉー!」
「いーや、やめない!絶対にやめない!」
怒号と悲鳴が響き渡る。
見れば、ガレスはエルナが集めたのであろう死体たちを容赦なく荷馬車に乗せていく。彼女は必死に止めようとするが、僕の身体に勝るとも劣らないか細い身体では、隆々とした肉体のガレスを止めることは到底叶わない。
「……何やってんの?」
「おお、ユーリ!よく帰ってきたな。早速だ、ガレスを止めてくれ!コイツは僕が必死に集めた研究材料である死体たちを墓地に埋めようとしているんだ!」
それが本来、正しい行いであるはずだが。
「いーや、止めてくれるなユーリ!俺はコイツのお目付役として、その責務を果たさなければいかんのだ!」
ガレスはしがみつくエルナを振りほどいて、尚も次々と死体を荷馬車に乗せていく。別に止めようとはしていない。むしろ、僕は帰ったらこの屋敷を掃除しようと考えていたくらいだ。
「よし、ガレス。手伝うぞ」
「ああ、ユーリ!この裏切り者!誰が身体を与えてやったと思っているんだ!」
そう言われると弱い。思わず手が止まってしまう。
「惑わされるな、ユーリ!お前はこのまま死体だらけの屋敷に住み続けるつもりか!」
ガレスの言葉で、何とか正気を取り戻す。そうだ、ここで情に流されてしまっては、この屋敷での生活もままらないのだ。だが、エルナもまだ食い下がる。
「良いじゃ無いか、死体だらけの屋敷で!パラダイスだろう?」
「「お前だけだよ!」」
奇しくも、彼女の弁明は僕らの心を一つにしたのだった。
―――――
「はあ……お風呂は無事で良かった」
タオルで身体を拭きながら呟く。幸いなことにお風呂には死体も無く、綺麗な状態であった。身体を拭くタオルももちろん清潔なものだ。どうやら彼女自身が普段から使うものは清潔に保たれているようだ。妙に几帳面だな、アイツ。
「くそ……お前たちは悪魔だ!僕のユートピアを破壊するためにやってきた悪魔そのものだ!」
「ご近所への迷惑を考えたら、お前こそ悪魔だけどな」
居間へと足を運べば、未だにエルナが恨み言をこぼしている。
「ふん、ご近所迷惑などあるものか!奴らにはこの深淵の魔女の崇高なる考えなど理解できないに決まっている!」
その崇高なる考えは、僕らを含め、誰も理解できないと思う。
「それはそうと、どうやら無事にクエストをこなしてきたようだな、ユーリ。いくら稼げたんだ?」
「うん、2万5千オールだ」
「おお、中々悪くないな!」
エルナは嬉々とした表情で言った。ほんの数秒前まで恨み言を言っていた人間と同一人物だとは思えない。
「じゃあ、早速新しい魔導書を……」
「「借金の返済だよ!」」
僕とガレスの心は一つであった。
兎にも角にも、借金返済への足がかりは出来た。明日からは魔獣討伐に精を出すことになるだろう。
今日やるべき事は一つだ。僕は視線でガレスに合図を送る。彼も僕が何をするつもりなのか分かっているようで、ゆっくりと頷いた。
「な、何だ?これ以上、何をするつもりなんだ!」
「何を、だと?もう分かっているだろう?エルナ……」
ゆらりと立ち上がったガレスが手にしていたのは、モップとバケツ、そして雑巾だ。僕の手にも同じものがある。
「そうだ、ガレス。僕らはやってやる。やってやるんだ……!」
「や、やめろユーリ!話せば分かる。だからその手に持っているモップとバケツを置くんだ!」
「いいや、エルナ。言葉は必要無いよ。必要なのは行動だ。安心してくれ、これも従魔の仕事さ。だろう?」
「そうだ、ユーリ。今俺たちがやるべきこと、それは……」
「「この屋敷の掃除だ!」」
その日「深淵の魔女」の屋敷からは、悲鳴が絶えなかったという。




