同姓同名……?
「いやー、ゴメンね?昨日あなたからもらったお金を増やそうと思ってカジノに行ったんだけどね?見事に全部スッちゃってねー」
「ダメ人間じゃねえか」
「ダメじゃないもん!ちょっと豪勢な食事にしようと思っただけだもん!」
「尚更ダメ人間じゃねえか!」
僕らが訪れていたのは、標的が現れるという墓地だ。町外れと言うこともあって人気は無い。墓地は教会に隣接しているが、その教会も今は使われていないようで、ただの廃墟である。彼女とこうして他愛も無い会話でもしていなければ気が滅入ってしまう場所だ。
「やっぱり薄気味悪いな……。幽霊でも出そうな雰囲気だ」
「死霊使いの従魔が何言ってんのさ。アイツの屋敷にはもっとおぞましいものがいっぱいあるでしょう?」
確かに。帰ったら食料庫の掃除もしなくちゃいけないな。この墓地に空きはあるだろうか。あったら彼らのスペースを分けてほしいものだ。
「そういえば、従魔ちゃんの名前聞いてなかったね。何て言うの?」
「悠里だよ。美作悠里」
「ふうん、ユーリね。ユーリ……?まあ、覚えておくわ……」
この世界では日本人の名前は珍しいのだろうが、僕の名前はそんなにおかしかったのだろうか。彼女はほんの少し、思案に耽っていたようだが、それはすぐに不適な笑みに隠れて見えなくなってしまった。
「あら……お客様が来たわよ、ユーリちゃん」
僕らの前に現れた屍肉漁りは、以前、戦場跡で見かけたやつよりも一回り大きな身体を持っていた。心なしか爪も牙も鋭く研ぎ澄まされているように見える。
「援護はするけど……本当に大丈夫なの?」
「ああ、大丈夫だよ。……多分」
「過去にもそうやって何人もの冒険者がアイツにやれられているよ?」
屍肉漁りはすぐさまこちらに気づいたようだ。低くうなり声を上げながら、ジリジリとにじり寄ってくる。その姿だけでも滅茶苦茶怖いが、ここで怯んではいられない。コイツを倒すだけで商人の一ヶ月の収入に相当する額が手に入るのだ。
「よし……」
緊張に強ばった身体で一歩踏み出す。
冒険者には、ましてや僕のような低級の冒険者にはいくらでも代わりがいるかも知れない。だが、今、僕らに重くのしかかった借金を返済できるのは僕だけなのだ。
―――こんな事で自分への価値を見出したくは無かったなぁ。
そう思いながら、僕は屍肉漁りに向けて思い切り叫んだ。
その日、冒険者ギルド内は騒然となった。
初心者冒険者が、血まみれの姿で屍肉漁りの死体を持ち込んだためだ。
―――――
「いやぁ、儲かったわ。結局、私は何もしてないけど!」
血まみれの顔でミリッサが高笑いする。僕のすぐ後ろで戦いを見ていた彼女も、爆散した魔獣の返り血に塗れてしまっている。にも関わらず、彼女はすっかりご機嫌だ。
「じゃあ、報酬返してくれよ」
「絶対にヤダ!」
彼女の手には、冒険者ギルドで支払われた5万オールの内の半分……2万5千オールがある。残りの半分はもちろん僕の手にあるわけだが、僕が一撃で片付けてしまったせいで、彼女の出番はゼロであった。つまり彼女は労せずして2万5千オールという大金を手に入れてしまったわけだ。ものすごく納得いかない。
加えて、この世界にはお札という概念は無いらしい。500円玉とか100円玉みたいに大きさに差異を持たせてあるが全部硬貨だ。持ち運びがとても面倒くさい。
周りの冒険者たちの何とも形容しがたい視線を浴びながら、僕らはギルドを出た。これ以上、ここにいると、色々な意味でヤバそうだ。
「それにしてもすごい魔力ね。屍肉漁りを一撃で倒すなんて」
エルナにも言われたな、ソレ。でも「すごい」とか「常軌を逸している」とか言われても、それがどうスゴくて、どれだけ常軌を逸しているのか自分には皆目見当がつかない。
「大体、あの魔法は何?声だけで相手を爆発させる魔法なんて見たこと無いわ」
「さあね。自分でも分からないんだ」
「あらヤダ、記憶喪失?」
あの神様がチートを取り違えたせいで、自分に与えられた能力も分からなければ、その特性も分からない。記憶喪失と言っても差し支えないレベルだ。
僕が首だけになって以降、神様の声は一度も聞こえていない。僕を見失ってしまったのか、それとも死んだと思って見捨てたのか。分からないが、別に会いたくもないので気にしていない。僕が考えているのは借金の返済ぐらいだ。全額を返済に回したとしても残り77万5千オールだとか考えると、気が遠くなるわけだが。
「じゃあ、私はそろそろ宿に戻るわ。お風呂にも入りたいしね」
僕の身体もミリッサ同様、つむじからつま先まですっかりと赤く染まっている。僕も帰って風呂に入ることにしよう。ああ、でもあの屋敷だと浴室にも死体がありそうだなぁ。
「またクエストに出る時には声かけてよ。あなたと一緒なら楽して儲けられそうだし?」
この正直者め。まあ、自分が働くこと無く高額な報酬を得られるのならば、そう言うだろう。僕だってそう言うに違いない。
―――――
「ふぃー、良い風呂だったわー」
風呂から上がったミリッサは、宿のロビーでエール片手にすっかりとくつろいでいた。
あの子のおかげで、しばらくの間は他人の財布をくすねたりクエストに出たりしなくても良さそうだ。感謝感謝。
「……くぅー!」
働かずに飲むエールがこんなに美味いなんて。全く人生は最高だ!胸の内で叫びながら、ふとテーブルに無造作に置かれた新聞に目がとまる。誰かが読み終えて、ここに置いていったのだろう。何気なくそれを手に取り、ツラツラと読み始める。普段は新聞を読む習慣など無いのだが、今は無性に読みたくなったのだ。
そして、ある記事で彼女の目は止まった。
「あー、やっぱり!」
グラスに残ったエールを飲み干し、ミリッサは言った。
「どこかで聞いたことある名前だと思っていたのよねー。本当にいるのね『同姓同名』って。……すいませーん、エールのお代わりー!」
彼女が読んでいた記事にはこうあった。
『×月×日、魔族領・ヨトゥンにて行われた会戦は、魔王軍の勝利に終わり、王国軍は撤退を余儀なくされた。王国軍はヨトゥン内に砦を築き、状況を終始有利に運んでいたが、魔王軍きっての猛将である『ユーリ・ミマサカ』が出てきたことで、大勢を一気にひっくり返された形となった。王国軍の損害は多大なものであるとされており……』




