遠足は家に帰るまでが遠足です。
「ところで、皆さん揃ってどんなご用で?」
魔女たちと従魔の争いによって崩壊寸前であった屋敷を修復したことで屋敷の主―――キリカは何とか落ち着きを取り戻していた。だが、彼女の隣では魔王の従魔と矛の魔女とが互いに互いを射殺せるほどの目力でにらみ合っている。何か小さな切っ掛けで再び爆発するのは明白だ。そんなことを気にもかけずにエルナと盾の魔女とはのんきにお茶を啜っている。
「そこの魔王の従魔がココに来ればおいしいお茶が飲める、というものでな」
「間違っていなかったでしょう?」
「お言葉はありがたいですけどウチは喫茶店じゃありませんよ……」
エルナとユーリの言葉にキリカは苦笑いを浮かべる。
「良いじゃない、今日から喫茶店にしちゃえば。きっと繁盛するわ」
「その場合はちゃんと『魔女お断り』って張り紙しなさいよね?」
「その前に『従魔出入り禁止』って書いておくことね!」
互いの言葉にケラウノスとユーリはすぐさま顔を顰めてにらみ合う。
「……コイツらはダメだ、放っておこう。所でアイギスはどうしてココに?エルフの国でしばらく過ごす、と言っていたばかりじゃないか」
「あら、そこまで覚えておいてくれたのね?私もそのつもりだったんだけどね……」
カップを傾けながら言葉を濁したアイギスを訝しんだエルナは先を促した。
「何だ?急な予定でも入ったのか?」
「そうよ、そうなのよ!」
彼女の言葉に反応したのはアイギスではなく姉の方―――ケラウノスの方であった。
「奴が現れたのよ、奴が!!」
「……奴?」
「数百年ぶり、いや千年ぶりのことよ。アイツが姿を見せたらしいのよ!?」
興奮するケラウノスにエルナはもちろん、レオやシンシアも困り顔だ。
「アイギス、お前の友達は随分と情熱的というか……血の気が多いというか……」
「話が全く見えてこないわね」
「シンシア、そういうことは思っていても口に出しちゃダメだぞ」
「おバカな魔女は考えるより先に行動するからよね。全く浅ましい……」
「お前はさっきアイギスを見るなり殺そうとしただろうが」
エルナの言葉にレオとシンシアも深く頷く。ユーリの方も返す言葉もない。
「友達じゃないわ、姉よ。これでもね」
「ああ、ヒドい。世界に二人しかいない家族じゃない。もっと愛をもって接して欲しいわ」
「持っているじゃない。だから、こうしてここまでついて来てあげたのに」
アイギスのため息は長旅の疲労とも、姉に対する諦観ともとれるものであった。
「……で、お前たちの目的は何だ?奴とは誰だ?」
「私たちも探していたのよ、あの魔女―――深淵の魔女を、ね」
その場にいた全員の視線がエルナへと集まる。
「深淵の魔女……まさか僕の事か!?いやぁ、初めからそう言ってくれれば良かったのに。ちょっと待ってろ、今サインを……」
「いや、貴女じゃなくて……」
「なぁに、アンタも深淵の魔女、って名乗っているの?やめておいた方が良いわよ」
ケラウノスはテーブルに置かれていた紙切れをエルナに向ける。それは新聞の切り抜きであり離れて見ていても、いくつかの過激な文言が目に留まる。
「最果ての街、魔獣の襲撃によって壊滅す―――」
「街を襲ったのは伝説の魔獣、ハイドラか―――」
「行方不明者多数、生存者の確認が急がれる―――」
それらの見出しにキリカも表情を曇らせる。
「ああ、それ……私も読みました。怖いですよね、伝説の魔獣だなんて……」
「これらは恐らく深淵の魔女の仕業よ。こんなのと同じ奴だなんて思われたくないでしょう?」
「う……そ、それは……」
いつもは食って掛かるエルナも、これにはサインを書いていた手を止めて俯いてしまう。
「ま、まあ気を落とすなよご主人。そのうち新しいあだ名を考えようぜ?」
「そ、そうよ。それにもし間違われたとしても、最果ての街はここから随分と遠くだから潔白を証明するのは簡単よ」
シンシアの何気ない言葉にユーリが反応する。
「それはどうかしらね……難しくなるかも」
「な、なんだよ。どういうことだよ!?」
「もしも、その襲撃が魔女の仕業だとしたら恐らくそこにいたはずなのよ―――私の半身が。アンタの従魔が」
それまで俯いていたエルナの顔が、弾かれた様に持ち上がる。
「ほ……本当か!?」
「な、なんでだよ。アイツとこの魔女がどう関係あるんだよ!?」
「私にも詳しいことは分からないわ。でも、あの魔女は確かにあの子を狙っていたの。私じゃなくて、あの子を」
「なるほど。魔女なら目的のために街一つ潰すくらい何とも思わないでしょうしね」
「あの魔女らしいイヤらしい考え方だわ」
ユーリの言葉にアイギスやケラウノスすらウンウンと頷いている。理解できていないのはレオやシンシアだけらしい。
「つ、つまり……?」
「この地に行って調べてみる必要がある、ってことじゃないでしょうか……?」
「そう、キリカが正解!」
おずおずと答えたキリカにケラウノスが嬉しそうに指を差す。
「でも、そうなれば深淵の魔女を名乗るのは危険、ということね。魔女が暴れた分だけ、その名前に反応する人がいる、ってことだからね。今から何か違うあだ名を考えておきなさいよ?」
「ふん、いくらだって来るが良いさ。今の僕の前にはいかなるものも障害にはなり得ないからな!」
立ち上がってビシリとポーズを決めるエルナの後ろで、ケラウノスがアイギスにこっそり耳打ちをする。
「(この娘はいつもこんな感じなの?)」
「(少なくとも、私が知っているこの娘はこんな感じよ?)」
「(……個性的な娘なのね?)」
エルナに続いてユーリも立ち上がる。
「よし、そうと決まればすぐに出発しましょう。今からなら夜までには街に行けるはずよ?」
「お前のスピードで考えるなよ」
「ねえねえアイギス、私たちも一緒に行きましょうよ。これは千載一遇のチャンスよ。そうに違いないわ!」
「……まあ、行方の分からなかった魔女が残した足跡ですからね。見るだけでも価値はあるでしょうね」
二人の魔女の言葉にユーリの顔がみるみる歪んでいく。
「えぇ―――!?お前らもついてくるのぉ!?やだ!私ヤダ―――!!」
「最初に行くって言ったのはお前だろうが」
「……私、ここで留守番してちゃダメかしら?」
「その……心配なので出来ればついて行ってあげていただければ……」
シンシアの願いはキリカによって断ち切られてしまった。




