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自分の仕事は責任を持って果たしましょう。


「なぜだ!?」


 森の中にエルナの怒声が響いた。彼女の足下にはボロボロに崩れ落ちた死霊の残骸が散らばっており、レオとシンシアは顔を見合わせて困ったようにため息をつくばかりだ。


「いや、そう言われてもなぁ……」

「私たちは死霊術の事なんてさっぱりだしねぇ……」

「残された髪の匂いを辿ればユーリにたどり着けると言ったのはお前らだろうが!」

「いやいや、待てよ。俺たちは『たどり着けるかも』って言っただけで……」

「そうよ。あくまで可能性の話をしただけで……」

「うるさい、こうしている間にもユーリがどうなっているか……!」


 彼女は残された毛髪から、いつものように犬の死霊を召喚して匂いを辿らせる、という手段を取ったのだが、どういうわけか何度召喚しても犬はその場から動かないのだ。恐らく匂いが分からないのだろう、というのがレオの見解である。実際に彼も何度か匂いを辿ろうとしたが、いずれも失敗している。匂いの痕跡が全く存在していないのだ。


「ふふ、死霊の犬なんかであの子にたどり着けるなら私がとっくに探し出しているわよ」


 大きく欠伸をしながら魔王の従魔の方のユーリがゆっくりと身体を起こす。顔は瓜二つなのだが、体付きは大きくかけ離れたものとなっているので、エルナを初めとした三人は困惑を隠しきれない。


「恐らく魔術による阻害を受けているわよ。それも結構複雑なやつ。半身の私だけじゃなくて主の貴女にすら追えないなんて」

「随分と余裕だな。お前の半身が絶体絶命の危機に陥っているかも知れないんだぞ?」

「こう見えて実は心配なのよ?」


 そう言いながらも、彼女からは心配している様子は見えない。


「どう見てもそういう風には見えないんだが」

「心配はしているわ。でも慌てていないだけ。だって、私にはあの子を捜す手がかりが見つけられないもの。これでも四方八方駆けずり回ったんだから。今更慌てても仕方ないわ」

「(それって心配しているって言うの……?)」

「(さあ、俺には分からないよ……)」


 シンシアとレオのひそひそ話を他所に彼女はのびをして一人で歩き出す。


「おい、どこに行くつもりだ」

「無理に自分たちで解決しようとしたって時間が過ぎるだけよ。自分たちでどうにも出来ない時には誰かを頼らないと」


 エルナは自分の足下に目をやった。そこには召喚しては土塊に還った死霊たちが散乱している。


「そうやっているくらいなら、取りあえずここから動かない?犬に辿らせるくらいなら自分の脚で探しなさいよ」


 ユーリは鼻で笑うと、のんびり歩いて行く。


「ま、まあ、アイツの言っていることは間違ってないかなぁ……?」


 控えめに言うレオにシンシアも無言のまま、深く頷く。


「ふん、お前たちに言われなくたって僕だってそう考えていたところだ!」


 肩を怒らせてエルナも歩き出す。彼女の背を見てホッと息をついてからレオとシンシアもそれに続く。


「だが、お前に当てがあるのか?行方が分からなくて僕を当てにしていたんだろうが」

「ひとまず、お茶しながら話しましょう。ちょうど良いところを知っているのよ」



―――――――――――――――――



「……ねえねえ、ガレスさん」

「……なんだ、ニクス」

「……私たちは何をしているんでしょうか?」

「……見れば分かるだろう。魔獣に破壊された街の瓦礫を撤去する作業の手伝いだ」

「私たちは悠里さんを助けに行かないといけないんじゃないでしょうか……?」


 虚ろな表情のまま、瓦礫を荷車に乗せていたガレスの手がピタリと止まる。


「……ほら、ガレスさんだって分かっているんじゃないですか。こんな事してる場合じゃないんですよ。今すぐエルナさんたちの後を追わないと……!」

「俺がこうして瓦礫の撤去作業に従事する羽目になったのはお前が親父をぶん殴ったせいだろうが!」


 怒りのあまりひっくり返した荷車から積み上げた瓦礫が飛び散る。


「だ、だって、あの時ガレスさんのお父さんが悠里さんを馬鹿にするから……!」

「だからって公衆の面前で親父をぶん殴る奴がいるかよ!仮にもこの街の領主なんだぞ!?本来なら監獄にぶち込まれたって不思議じゃないんだからな!」



―――事件は数時間前に遡る。



 街は大騒ぎになっていた。野戦病院となっていた廃屋が突如ぶち壊されて、そこから大量の死霊が濁流の如く街に溢れかえっていた。自警団や冒険者たちが対応に当たっているが、混乱はしばらく収まりそうにはなかった。


 その混乱の中で二人の男が向かい合っている。一人はエルナの伯父である死霊術士・エルロック。そしてもう一人はガレスの父であるヴィンセントであった。飄々とした態度のエルロックに対して、ヴィンセントは硬い表情のまま、エルロックを睨み付けている。


「……おい、エルロック。これはどういうわけだ?」

「悪いが、今はその問いに答える時間は無いんだよ。だが、ちょいと厄介なことになっていてね。君の息子とその仲間をこれ以上、悪さしないよう引き取ってもらえるかい?」


 エルロックがそう言うと、彼の従魔であるアンヌが縄でふん縛ったガレスとニクスをヴィンセントの前に突き出した。


「……久しぶりに顔を出した顔と思えば何の真似だ。お前は私に喧嘩を売っているのか?」

「悪いがヴィンセント。今は君と喧嘩している暇はないんだ。とにかく息子君をよく見張っておいてくれよ。これ以上、エルナと一緒になって悪さをされては困る」

「それを言うならお前だろう。妻を迎えに来るなりこの有様だ。苦情をたくさんもらったぞ。『街に死霊が溢れかえっている』と。お前の仕業だろう?」

「さあ、知らないね。エルナの仕業じゃないかい?」

「ならば、どちらにしろ保護者であるお前の責任だ」

「今の保護者はお前だろう、ヴィンセント」

「お前にも責任の一端があるといっているんだ!」

「その話はまた今度聞くよ。じゃあ、あとはよろしく」


 掴もうと伸ばしたヴィンセントの腕を掻い潜ってエルロックは素早く駆けていった。

苦虫をかみ潰したような表情のまま、その背を見送ったヴィンセントはガレスたちのほうへと視線を向ける。


「お前たちも、一体何があった?詳しく聞かせてもらおう。おい、縄を解け」


 ヴィンセントの側に控えていた兵士たちの手で縄が解かれていく。


「エルナはどうした?エルロックの奴は悪さがどうとか言っていたが、それが奴とどう関係があるんだ?」

「ああ、それは―――」


 ガレスが説明をしようとしたところで、何かに気がついたヴィンセント彼を制するように口を開いた。


「しかし、お前たちはどうしてこうも厄介事ばかり起こすんだ。思えば、あのは虫類の従魔をエルナが飼いだしてからだ。元々、自由奔放な気質ではあったが、アレを飼いだしてからのエルナは街の迷惑者ぶりに拍車がかかっている。お前もだ、ガレス。お前がいて、どうしてエルナやアレを止められなかったんだ。全く……今回の家財の差押であの従魔がいなくなればエルナも少しは大人しくなるかと思ったが―――」


 その先の台詞はニクスの右腕から放たれた拳によって遮られた。

 そして二人はその代償を正に支払っている状況なのである。


「……隙を見て逃げ出しましょうよ。こんな所で油を売っている場合じゃないですよ!」

「それを監視役の俺に言うのかよ」


 ガレスが倒してしまった荷車を起こして瓦礫を積み直す。「エルナの屋敷の居候だったならお前の管轄だ」と、鼻血を流しながらヴィンセントにニクスの監視を命じられてしまったが故に、ガレスも半ば同罪として瓦礫の撤去作業に当たっているのである。


「悠里さんだけじゃない、エルナさんの事だって心配でしょう?」

「……確かにな」


 エルナの伯父―――エルロックは恐らくエルナの後を追っているのだろう。彼の目的は分からないが、先ほどの騒動を鑑みれば自分たちの敵であると考えて違いない。レオやシンシアがついているとはいえ、放っておくのは危険だ。


「なにより、早くここを抜け出してあのいけ好かない従魔の女をボコボコにしなければ私のプライドが……」

「結局目的はそれかよ」


 ニクスの言う「いけ好かない従魔」とは、間違いなくアンヌのことだ。自分もいいようにやられてしまっているので、悔しい気持ちは分かるが。


「お前たち、喋っていないで手を動かせよ。自分で受けた仕事には責任を持たないといけないんだぞ」


 以前、迷宮探索で出会った三人組の冒険者の一人―――アンドレアスが大量の瓦礫を積んだ荷車を引いて現れた。彼の大きな身体はこの場においては頼もしく映る。以前、迷宮で出会った際の派手派手しい装飾の服を着ていないので、ともすれば日頃から土木作業に従事する職人に見える。


「……ベル、アンドレアスがまともなことを言っているわ」

「……ええ、ベラ。明日はきっと嵐が来るわ」

「お前ら、聞こえているからな!」


 彼の背後から二人の魔術師―――ベルとベラが顔を出す。二人も少女の細腕ながら荷車を押す―――ふりをしている。


「坊ちゃんも大変だな。あの魔女の嬢ちゃんだけじゃなくてこっちの嬢ちゃんの面倒も見なけりゃならないなんてよ」


 ケラケラと笑うアンドレアスをニクスの右腕が即座に打ち抜いた。彼の巨体と一緒に荷車も引き倒されて瓦礫が散らばる。


「その様子だと、まだあの子は見つかっていないのね」


 ベルの言葉にガレスは小さく頷く。ベラも瓦礫を積み直すフリをしてアンドレアスの上に積み上げていく。


「それは心配ね。私たちも手伝ってあげたいところだけど……アンドレアスが賭けで負けて私たちの分の報酬まで取られちゃったから」


 アンドレアスに瓦礫を積み上げながらベラが言う。


「この仕事を投げ出すわけにはいかないのよ」

「悔しいけどこの仕事は報酬が良かったからね」


 ベルも一緒になってアンドレアスを埋めていく。


「でも、手伝ってあげられることはあるわ」

「何ですか、何か良い方法があるんですか!?」

「おい、この仕事を投げ出す気かよ!」


 すぐさま食い付くニクスをガレスが制する。


「おい、坊ちゃん。そんなに良い格好しようとするなよ。本当はお前だってユーリが心配なんだろうが……って埋めるなよ、死んじゃうだろうが!!」


 瓦礫を押しのけてアンドレアスが顔を出す。


「……俺だって探しに行きたいがな。親父の目があっては無暗に動くことはできん」

「だから、俺たちが手伝うんだろうが。言っておくけど仕事を投げ出すのは変わらないんだからな。お前たちの報酬も俺たちに寄こせ下さいお願いします今夜のご飯にも困っているんです」


 要するに報酬が欲しかっただけらしい。



――――――――――――――――



「おい、ガレス」


 声をかけたのは彼の父―――ヴィンセントである。


「私はヒルダやグエンたちを連れて一度屋敷へ帰る。その娘をよく見張っておけよ」


 ガレスは背を向けたまま、手だけを上げて応えた。彼の隣ではニクスもまた背を向けたまま、荷車に瓦礫を積み上げている。


「よし。出してくれ」


 その背を見て、納得したのか彼は御者に合図した。彼を乗せた馬車がゆるゆると進みだし、やがて小さくなっていく。


「……行ったか?」


 アンドレアスが息をついた。彼の衣服は先ほどまでガレスが着ていたものである。


「……ええ。振り向きもしない」


 ベルが身に纏っているのも、ニクスが着ていたものである。彼らの提案した手伝いとは、要するに「変わり身」だったのだ。幸いなことにアンドレアスはガレスと、ベル(ベラ)はニクスと、それぞれ身の丈が同じほどであったため、同じ恰好をして背を向けていれば、相手を欺くのはそれほど難しいことではなかったのだ。


「へへへ、これで二人分の報酬をもらえるぞ。そうすれば、前の負けを倍にして取り戻して……」

「私たちの報酬はちゃんと別にしてもらうからね」

「ななななんだよ、分かっているって……」

「……絶対に分かってない」


 だが、ここで彼らは重要なことを見落としていた。ニクスたちの瓦礫撤去の作業はあくまで懲罰であり、彼らには報酬は発生しない、ということだ。


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