はじめての○○
その晩、僕は夢を見た。
それは従魔になった時に見せられたものと同じ、戦場で散っていった兵士たちの記憶であった。寝ている時にもこんなものを見せられてしまうのか。うんざりしながらもどこか冷静な気持ちで、また幾人もの兵士が倒れていく様を一人、また一人と見送っていく。
最後に見せられたのは、またしてもあの謎の女のものだった。ところが、前回とは風景が異なっている。彼女一人に対して複数の兵士たちが槍を構えて立ち塞がっている。彼女の方は軽装備だが、兵士たちは皆一様に頑強な鎧と、その身体をスッポリ覆い隠せてしまうくらい大きな盾を持っている。僕はと言うとその兵士たちの後ろで後方支援を行う兵士の一人として、この戦いに参加させられている。
僕の背後には大きな砦がある。彼らはこの砦を守るために戦っているのだろう。彼女は大方、この砦を落とすために差し向けられた尖兵、と言った所か。
複数人でたった一人の兵士を倒すなんて、わけない話だ。圧倒的に有利な状況であるためか、槍を構える彼らの士気は高い。対して、それを相手取る彼女はあの時と同じ、ただ無言でそれを冷たく見つめるだけだ。
彼女の夢だけ、どうして風景が変わるのか。それが分からないが、今回はさすがに勝てないだろう。僕は他人事のように考えている。というか他人事だ。僕としては一刻も早くこの息苦しい悪夢が通り過ぎてくれることを祈るばかりだ。
「かかれ!」
前線の兵士たちが槍を掲げて、一斉に彼女へと向かっていく。雄叫びと共に土煙が上がり、彼らの姿をもれなく隠してしまう。
やがて、土煙の仲から一人の兵士が姿を現した。どうやら、彼女は敗れたようだ。悲しいことなのだが、少しホッとしている自分がいることに気がつく。
「―――!」
だが、安心したところで、その兵士は糸を切られた人形の様に倒れた。真っ赤な血が鎧の隙間から流れ出し、地面を赤く染める。まさか、まさか。
「うわぁあああ!」
僕の横にいた兵士が叫び声を上げた。彼女が兵士の背後から現れたのだ。兵士は生きていたのでは無い。彼女がその手で抱えていたに過ぎなかったのだ。
状況を分析している間にも、彼女は残された兵士たちを次々と血祭りに上げていく。今までの記憶の仲で一番、スプラッターな場面だ。寝ている僕が戻していないか心配だ。
やがて、最後の一人が倒された。彼女は刃を一振りして、その血を振り落とした。砦を守っていた兵士は、少なくとも数十人はいたはずだ。にも、関わらず、勝ってしまうって……あれ?この人もチートじゃね?
彼女は、一人残された僕に視線を向ける。柔らかな微笑みは前回と同じだ。だが、今回は少しだけ言葉を発した。ほんのわずかに聞こえる程度の囁きだ。
「―――待っていてね?」
―――――
そこで朝がやってきて僕の夢は終わりを告げた。どうやら彼女には僕が見えていたようだ。
だが「待っていて」とはどういうことだ?彼女には僕が何に見えているのだろうか。分からないが、あの優しい微笑みを見る限りでは、例えば「殺したい」等の負の感情ではなさそうだ。それが分かれば、今はそれで良い。
今はそれよりも、僕の首から下の行方の方が大事だ。
ミリッサから取り戻した僕のスーツを改めて確認する。何か手がかりになりそうなものは無いか。財布や手帳やスマホ。それらのアイテムがこのスーツの中にあったはずだ。だが、やはりそれらのものは個別に売りさばかれてしまっているようだ。全てのポケットを探ってみたが、それらしきものは何もない。
結局、薄汚れた自分のスーツを買い戻した以外の収穫は無し、か。これ以上の情報を得ることは出来そうに無いが、コレも言うなれば僕の一部だったものだ。捨ててしまうのも何だし、部屋の隅にでもかけておこうか……。
ふと、ワイシャツの襟首にべっとりとついた僕の血に目がとまる。
僕の首から下はちゃんと生きているのだろうか。頭が無いのにご飯を食べることは出来ているのだろうか。頭が無くても夢を見ることが出来るのだろうか。頭が無くても喜怒哀楽は表現できるのだろうか……。
なんとなく、匂いを嗅いでみる。異世界の土と、僕の血と汗のにおいだ。なぜだろう、無性に興奮してしまう。僕は吸血鬼なのだろうか。それとも、僕が女性になったからだろうか。自分のとはいえ、男の匂いに反応しているとでも言うのだろうか。いやいやいや。そんなはずが無い。そんなはずが……。あ、これ以上は……。いやでももう少し……。
「ゆ、ユーリ……朝から何をやっているんだ?」
その声に恐る恐る顔を上げると、エルナが怯えたような顔でこちらを見ている。
「……いや、違うんだエルナ。これは……その……」
「ちょ……朝食を作るようにお願いしようと思ったんだが……そ、その……終わってからで良いからな!」
エルナはそそくさと部屋を出て行ってしまう。終わってから、って何のことだよ!




