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はじめてのしゃっきん。


 彼女が背嚢から取り出した僕のスーツは、僕が着ていた時の状態のままだった。


 戦場を転げ回ったのだろうか、紺色だったスーツは土に塗れて何色だか分からなくなっているし、ワイシャツの襟首には色あせた僕の血がしっかりと残されている。


「ど、どこでコレを……?」

「実は同業者から盗んだの。魔物に襲われている最中だったから、あの時は盗み放題だったわー。おかげで一週間は豪遊が出来たかしら?」


 もう少し節約すれば食い詰めずにいられたのにな。心の内で思いつつも、僕は続ける。


「この服の持ち主は分からないか?」

「さあね。私が盗んだズタ袋の中に放り込まれていただけだったからね。持ち主までは分からないよ」

「この服を持っていた同業者とやらは?」

「それも分かんないね。魔物に襲われている最中だったからねぇ。もう死んでいるんじゃない?」


 ううむ、手がかりは無しか。だが、スーツが見つかっただけでも一つ、大きな進展と言える。


 恐らく、僕の首から下は生きている。


 今、どうなっているのかはもちろん、分からない。だが、戦場跡に死体が無く、スーツだけがこうして誰かの手に渡っていると言うことは、多分、僕の首から下が自らの意思で手放したのだろう。異世界に来てこの衣服では、目立ちすぎるからな。やはりエルナが言っていた通り、僕の首から下も誰かの従魔になっているのだろうか……?


「で、いくらで買い取ってくれるの?」

「汚い服だな。せめて洗ってきてくれ」


 目を輝かせるミリッサに対して、エルナは冷め切った対応だ。


「儀式用の服に見えるが、それにしてはえらく地味だな。貴族のお忍び用の服か?」


 ガレスも彼女のことが信用できないためか、財布を取り出す仕草すら見せない。ええい、こうなったら仕方ない。


「……その財布の中身で良ければ、買い取るけど」

「本当?お嬢ちゃんは優しいわね。じゃあ、ありがたく……」


 彼女は巾着袋を破かん勢いで開いた。どれだけ飢えているんだよ、コイツ。


「チッ、シケてるわねぇ。……まあ、良いわ。元がタダだし」


 どうやら盗賊様は僕の財布の中身がお気に召さなかったようだ。だが、僕は何とか自分のスーツと中身の無くなった巾着袋を取り戻した。


「じゃあ、私は帰るわね。縁があったらまた会いましょう?」

「僕らはもう二度と会いたくないがな」


 エルナの言葉を歯牙にもかけずにミリッサは笑顔で去って行く。


「じゃあ、僕らもそろそろ帰ろうか。今日はもう疲れたよ」


 出て行こうと扉に手をかけたところで、この酒場の店主が立ちはだかった。


「食事代と店の修理費……出して貰おうか?」


 僕は異世界に来て初めて借金というものをこさえてしまったのだった。



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