コレってチートじゃね?
考えている間にも、冒険者たちは徒党をなして襲いかかってくる。
「いい年した大人がこんな子供相手に恥ずかしくないのか!」
「うるせえ!」
冒険者が椅子の脚を折って棍棒の代わりに殴りかかってくる。店主に後で言いつけてやろう。信用されないだろうけど。
「あがっ……!」
回避したつもりだったが、やはり子供の身体では大人の一撃を避けきることが出来ない。強かに胴を打たれ、床を転がり回る。
こんな時「不死身の剣聖」がちゃんと付与されていれば、こんな奴らサクッとやっつけることが出来たんだろうな。迫り来る男たちを目前に考える。
また大声を張り上げても良いが、それこそ屋敷の食料庫よりも凄惨な現場を作ってしまうことになる。そうなれば、エルナとガレス共々、この街からは永久追放となるだろう。それどころか殺人犯として刑務所に収監されることになるかもしれない。そんなのはゴメンだ。
魔法を使わずこの冒険者どもを撃退する方法は無いのか。考えてみるが、このような経験は前世でも無かったため、何も思いつかない。全くのお手上げだ。こんなナリをしているならば、いっその事、降参してしまえば万が一、許してもらえるかも……。
「さあ、観念しろよ嬢ちゃん。大人しく降参すれば、悪いようにはしないぜぇ……?」
冒険者の一人が舌なめずりしながら囁く。その表情を見れば、何を考えているのかすぐに分かってしまう。前言撤回。降参だけは絶対にしてはならない。降参したら最後、僕の純潔はこの薄汚い男たちに奪われてしまう。この異世界では、法の整備も現代日本ほど行われていないと考えるのが妥当だろう。男の顔を見るに「児○法」なんか無いのは確実だ。
「悪いけど……僕は家庭的な人が良いので!」
横に倒れていたガレスの腰から剣の鞘だけを抜く。いくらこの身体が非力でも真剣を使うのはマズいだろう。刃傷沙汰もゴメンだ。
「安心しろ、俺は家庭的な男だぜ!」
そう叫んで、冒険者が殴りかかってくる。嘘でももう少しマシなものは無かっただろうか。
「―――!」
不意に脳内に見覚えのある映像が浮かび上がった。
それは、僕が従魔になる際に、僕の身体の依り代となった兵士たちの記憶の一つだ。彼は戦いの中で脳天に一撃を浴びてしまい、命を落としてしまっていた。
今、その時と同じ状況が、僕と冒険者の男によって再現されてしまっている。このままいけば、僕も脳天に一撃を浴びてしまい……恐らく純潔を散らすのだろう。
だが、結末を知っている今、みすみす過去を繰り返す必要は無い。僕は鞘で男の一撃を受け流し、返す刀で男の鳩尾に渾身の一撃を加えた。男は悶絶しながら、絞り出すような声を上げたかと思うと、ゆっくりと倒れ伏した。
余りに突然の出来事に、心臓が高鳴り、呼吸が荒くなる。剣道の覚えなど無い、喧嘩すらまともにしたことの無い僕だが、男の一撃をいなし、反撃するまでの一連の動きは、まるで誰かが誘導してくれたような最適解とも言える動きであった。
「おイタが過ぎるぜ、嬢ちゃん!」
すぐさま別の冒険者が、倒れた男を踏み越えて殴りかかってくる。今度は脇腹を抉るような鋭い一撃だ。だが、それを待っていたかのように、またしても記憶が浮かび上がる。もちろんそれは脇腹を抉られて死んだ兵士の記憶だ。戦果を焦って踏み込みすぎたがあまり、相手の一撃を躱すことが出来なかったのだ。
「こっちの台詞だ!」
身体は自分の意図しない動きを取る。歩幅をずらして踏み込みを浅くし、相手の一撃をギリギリで躱す。そして相手が態勢を崩したところで思い切り懐に飛び込み、容赦なく相手の股間を狙って鞘を叩き込んだ。
「―――!」
男は何とも形容しがたい悲鳴と共に崩れ落ちた。今の僕には最早、感じることが出来ない痛みだが、何だか同じ部分にモヤモヤとした感覚が残った。知らず知らずのうちに内股になってしまう。
「たかが小娘一人だぜ!大の大人が何をやっているんだ!」
今度は四人がかりだ。彼らが襲いかかると同時に兵士たちの記憶が瞬時に呼び起こされる。今度はかなり身体の大きな兵士のものだ。彼は自らの巨体を頼りにしすぎた結果、大勢に囲まれ、為す術無くやられてしまったようだ。
今度はこの記憶を当てにするのは難しそうだ。いくら何でも、囲まれてしまっては打つ手が無い。記憶の中の兵士と同じ程度の身体つきであれば、最悪一点突破を狙うことも出来るだろうが、彼と僕とでは前の二人と比べても身体つきの違いが顕著だ。全く同じ立ち回り、と言うわけにはいかないだろう。
しかし、それを解決してくれたのは、兵士たちの記憶では無く、僕の身体の方であった。この粘土の様な身体は、男たちの攻撃を跳んで、はねて、捻って、ブリッジして、果てには逆関節まで決めて……とにかく通常の人間では考えられないような柔軟な動きで、男たちの攻撃を巧みに躱したのだ。小さな身体であることも助けて、包囲を抜けるのも容易かった。自分の身体なのだが余りの動きに驚いてしまう。
そして、同時にあることにも気がついてしまう。……あれ?「兵士たちの記憶」と「柔軟な肉体」って……この二つが揃ったら、もうチートじゃね?
「こ、コイツ。……一体、何者だ?」
余りに突拍子も無い動きにさすがに冒険者たちも戸惑いを隠せないでいるようだ。
「ハハハ!どうだ、驚いたか!彼……いや彼女はこの深淵の魔女様の従魔だぞ!」
エルナがここぞとばかりに捲し立てる。かくいう彼女は他の冒険者たちの手によってすでに簀巻きにされており「さあ、参ったら早くこの縄を解け―!」としきりに騒いでいる。何をやっているんだろう、あの娘。
「ええい、こうなったらこのインチキ魔女だけでも……!」
やけっぱちになったのか、冒険者の一人がエルナを抱え上げた。
「やめろー!投げるなら僕じゃ無くてガレスにしろー!」
あ、コイツ最低だ。と思いつつも彼女の身の危険は自分の身の危険でもある。助けようと駆けだしたところで、叫び声が辺りに響いた。
「憲兵さーん!こっちです、こっちで冒険者たちが暴れてまーす!」
憲兵の到来を告げる笛の音が鳴ると、冒険者たちは慌てたように酒場を飛び出していく。
「チッ、誰だよ!憲兵を呼びやがったのは!」
「この野郎、覚えてやがれよ!」
うわあ。そんなベタな台詞が聞けるなんて、コレも異世界ならではなのか?
とにかく、冒険者たちは一人残らず逃げ去り、後に残ったのは、破壊された酒場と、気を失ったままのガレス少年に、簀巻きにされた中二病、そして食べ損なった暴れガニだけであった。
今後は暴れガニは絶対に食べないようにしようと、僕は固く誓った。




