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「暴れガニの火鍋」。


 結局、僕ら三人は酒場を訪れていた。僕とガレスは昼間に騒ぎを起こした事を考慮して、ほっかむりと兜でそれぞれ顔をかくしている。異様な光景かも知れないが、酒場は冒険者も利用しており、似たような格好の人間がちらほらいるため、目立つことも無い。


「いいか、騒ぎを起こすなよ。食事だけ済ませてさっさと帰る。いいな?」


 エルナの言葉に僕らは無言で頷く。彼女に言われるのは若干、癪だが正論は正論である。

 メニュー表を見ながら、何を食べようか思案する。マンガ肉は昼間に食べたからなぁ……。と、だらだらメニューを見ていると、ある一つの料理に目がとまる。


「『暴れガニの火鍋』……?」


 西部劇にでも出てきそうなこの酒場で、まさかこんな中華なメニューを目にするとは。このよく分からない世界観はさすが異世界と言った所か。


 だが、この何気ないその呟きに、隣に座っていた冒険者たちが反応した。


「おい、嬢ちゃん。まさかあの暴れガニを食べるのか?」

「そんなちびっこい身体で大丈夫か?頑張りな」

「若いのに豪気だねぇ。おい、皆で応援だ!」


 店中の冒険者たちが総立ちになって歓声を上げる。正に蜂の巣をつついたようとはこのことだ。まだ注文するって言って無いのに。そんなに危険な食べ物なのか……?


「「……おい、何やってんだ」」

「だって……だって、どんな食べ物だか知らないんだもん!」


 二人の射殺すような視線に半泣きになっている間にも、店主がグラグラと煮える鉄鍋を一つ抱えてやってくる。ご丁寧に蓋まで閉じられているその中に、問題の「暴れガニ」が潜んでいるというのか。


「いいか、嬢ちゃん。蓋を開けたらすぐに食えよ?躊躇っていたらやられちまうぞ」


 気づけば、店中の視線が僕と鍋に集まっている。最早、考える暇も無い。その場にあったナイフとフォークで応戦の構えを取る。


「いくぞ……1,2の……3!」


 店主が蓋を開いた瞬間、カニが鍋の中から勢いよく飛び出す。香辛料をたっぷりと浴びたのであろう、真っ赤なカニが出た途端に、冒険者たちは恐れをなしたように一斉に身を伏せる。


「ユーリ、早くカニを捕まえろ!」


 エルナに言われて、急いでカニの一匹をフォークとナイフで串刺しにする。カニはビクリと身体を二三度痙攣させて、やがて動かなくなった。……なんだ、思っているより簡単だな。


「まだだ、安心するのは早いぞ!」


 今度はガレスが叫ぶ。僕が反応するよりも先に、カニの一匹が僕目がけて力強く跳躍する。


「うわっ!」


 何とか回避するが、鋭いはさみの一撃は、僕の頬を掠めて、顔を隠していたほっかむりを奪い取ってしまう。その一匹を対処しようとする間にも一匹、もう一匹と間髪入れずに暴れガニが襲いかかってくる。


「ガレス!ごめん、手伝って!」


 咄嗟にフォークを渡してガレスに参戦を促す。だが、カニは彼をすぐさま敵だと認識したようだ。素早く標的を変えて飛びかかる。


「このっ……!」


 ガレスは果敢にフォーク一本で応戦するが、いかんせん標的が小さい上に今の彼は兜をかぶっているため、視界が限られている。苦戦しているのは一目見れば分かってしまう。


「頑張れ、ガレス!あとほんの……1,2,3,4,5……6匹だ!」

「そんなことを言っても……フォーク一本じゃ俺にもこの数は相手し切れな……グワッ!」


 カニは驚くほど小さい身体で驚くほど強力な一撃を彼の脳天に見舞った。ガレスはあえなくノックダウンされ、ひしゃげた兜が床を転がった。……マズい。


「……おい、コイツは昼間、市場で乱闘騒ぎを起こした奴じゃねえか!」

「て、ことは……こっちは市場を破壊した嬢ちゃんだな!」


 やっぱり。昼間の乱闘騒ぎは彼らの記憶にもしっかりと焼き付けられていたみたいだ。


「待てよ、お前たちここに来たとき確か三人だったな……」


 この状況をどう打破しようかと思っていた所で、店の出入り口のベルが小さく鳴った。


「おい、あそこだ!」


 冒険者の一人が叫んだ。彼が指さす方を見れば、そこにはコッソリと酒場を抜け出そうとしていたエルナの姿がある。


「チッ、バレたか」

「その帽子、そのローブ……てめえ、あのインチキ魔女じゃねえか!」

「なっ!誰がインチキだ!僕は気高き深淵の魔女だぞ!」

「何が深淵の魔女だ!おとなしくあのオンボロ屋敷に引き籠もっていやがれ!」


 その言葉に我らが深淵の魔女がピクリと反応する。もっとまずい事になるのはすでに僕にも予想できる。


「クックック……。下賤な冒険者ごときが、今、この僕を罵倒したな!」


「インチキ魔女」という言葉は罵倒には入らないのか。彼女の基準は分からないが、とにかく変なスイッチが入ってしまったようだ。こんな時にも中二病を忘れない心はある意味、うらやましい。


「いいだろう、この深淵の魔女と僕の騎士であるガレス、従魔のユーリがお前らなんか全員、ぶっ倒してやるからな!」


 とんでもない無茶を言い出しやがったよ、この中二病。


「上等だ!てめえら、やっちまえ!」

「こっちの台詞だ!ガレス、ユーリ!全員のしてしまえ!」


 いや、こっちはもう一人気絶しているんだけど!

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