従魔のお仕事
「全く……なにやっているんだ君たちは」
「ごめんなさい……」
「すまん。……俺のせいだ」
エルナは呆れたようにため息をついた。僕らは返す言葉も無く、ただ項垂れるしか無かった。
「いくらガレスが暴漢に絡まれたからって、街中で魔法を使う奴があるか。そうじゃなくても、君の魔力は常軌を逸しているんだ。ちょっとした魔法でも驚異的な威力になるんだぞ」
「え、そうなの?」
「そうだよ。言ったじゃ無いか」
聞いてないと思うけど。そう言いかけたが、今は余計な事を言うべきでは無いと思い、黙っておく。
「おかげで街に噂が広まっているぞ。『どうせ深淵の魔女の仕業だ』ってな。君たちのおかげで僕にも風評被害が及んでいる」
それは君の日頃の行いが悪いせいだと思うんですけど。
だが、エルナの言うことは一理ある。自分の魔力が実際にどの程度かは把握しておかなければならないのは事実だろう。このままだとうっかり声をかけたら、その相手を爆発させてしまいかねない。この場合はクエストに出て魔物相手に練習するのが定番だろう。と、なると明日は冒険者ギルドに行くべきか……。
「まあ、当面は街に近づかないことだね」
「えええぇー!何でだよぉ!」
「いや何で、って……これだけの騒ぎを起こしておいて次の日に何食わぬ顔で街に姿を見せたらどうなるかぐらい考えれば分かるだろう?」
……グヌヌ。言われれば確かに。だが、僕の首から下の行方も気になるし、冒険者になれば、その問題の解決にも一歩近づけると思ったのに。
「何より君にはそろそろ従魔としてのお仕事をして貰おうと思ってね!」
エルナが瞳を輝かせて詰め寄ってくる。
「そもそも従魔の仕事って何をすればいいんだ?」
「僕の新しい呪文の練習台とか、新しい死体を拾ってきてもらうとか、呪術に必要な素材を集めてきてもらうとか……まあ、色々だね」
「ろくな仕事がねえじゃねえか」
「な、何を言うんだ!この深淵の魔女は死霊使いとして常に新しい呪文を開発しなければならない義務があるんだ!僕の従魔である君がその手伝いをするのは当然だろぉお?」
「お、おぉう……そ、そうだな」
思わず気圧されて頷いてしまった。いい女の子が巻き舌で力説するんじゃ無い。
「分かれば良いんだよ、分かれば。じゃあ、早速……」
「早速……?」
こんな時間から死体を探しに行けとか言うつもりなのだろうか。外はすっかり日が落ちているのに。不安を隠しきれない僕に対して、エルナは言った。
「ご飯を作ってくれ。朝から何も食べてないんだ」
―――――
「えーと、食料庫は、と……」
従魔とか言うファンタジーな存在になって初めての仕事が飯を作るという人間だった頃に何度となく行った作業になるとは誰が思っただろうか。ランタン片手に、一つずつ部屋を見て回る。屋敷は手つかずの部屋だらけで、ほこりをかぶった部屋をいちいち確認するだけでも一苦労だ。
「……明日の仕事は掃除かな」
いや、むしろ喜ぶべきなのかも知れない。現代日本の常識が通用しない異世界で、現代日本と同じ作業があるのは、旧友に再会したような懐かしさと嬉しさがある。ひょっとすれば、僕が知っている料理を披露すれば、皆に大ウケ、僕は料理人として一角の人物となり、やがてその世界の重鎮として後進を育成しつつ、自分は悠々自適コースに……。
そんな妄想に胸を膨らませながら、僕はようやく食料庫であろう場所にたどり着いた。
「さあて、何があるかな……」
僕は食料庫であったであろう場所に足を踏み入れて絶句した。少なくともその場所は、食料を保管するような場所では無かったからだ。
その場所を占拠していたのは、死体だった。どこから拾ってきたのか、人間や魔族を問わず大小様々な死体が部屋中を占拠していて、足の踏み場もない。掃除していないことも相まって凄まじい悪臭が立ちこめている。君たち、いつからいるんだ?
このままでは、僕も彼らの仲間入りを果たしてしまう。呼吸をしないように口と鼻を塞いで急いでこの死地を抜け出す。向かう先はもちろん、中二病のマッドサイエンティストの所だ。
「おい、エルナ。今日の晩ご飯は人間か?それとも魔族か?」
「?ああ……そういえば使い切れない死体を食料庫に保管していたな。安心しろ、保存の魔法をかけてあるから、死体たちは綺麗なはずだ」
「その魔法とやらはおそらく随分と前に切れているぞ」
「何をバカな……この深淵の魔女がそのような不手際を起こすはずが無いだろう!もういい、僕が自分で見てくる!」
彼女は僕の手からランタンを奪い取ると、一人で食料庫へと向かい、むせて帰ってきた。




