トラブルのお時間です。
「そろそろ屋敷に戻るか」
「え、もう戻るのか?」
「もう大体、見て回ったろう?他にどこか行きたいところがあるのか?」
確かにガレス少年が言ったとおり、露店を見て回るだけでは無く、武具屋や酒場という異世界にとっては定番とも言える場所にも立ち寄ったが、案の定、僕の首から下の情報は全く掴めなかった。収穫と言えば酒場で食べたマンガ肉が見た目通り美味しかったくらいだろうか。
「焦らなくても大丈夫だよ。お前の身体はきっと見つかる」
「……そうだといいけどな」
釈然とはしないが、これ以上だだをこねても仕方ないのが事実だ。今日の所は切り上げるべきなのだろう。だが、ガレス少年に手を引かれて家路につこうとしたところで、数人の男たちが行く手を塞ぐようにして立ちはだかった。
「おやおやぁ?そこにいるのはガレス君じゃないかい?」
ガレスを見やれば、彼は険しい顔で彼らを睨み付けている。因縁があることは一目瞭然だ。
「……誰だ?」
「士官学校に通っていた頃の同期だ」
「おいおい、そんな浅い言葉で片付けるなよ。俺たちは親友だったじゃ無いか。なあ、皆?」
男の一人がそういえば、周りの男たちもニヤニヤとした表情で頷く。親友では無い事は自信を持って言える。
「どうやら騎士団をクビになったみたいだな。今はベビーシッターで日銭稼ぎか?」
「だったら何だ?お前達には関係のない話だろう」
売り言葉に買い言葉だ。見ているこっちがヒヤヒヤしてしまう。しかし同時に何か懐かしいものを見ているような気もして、色々な意味で泣いてしまいそうだ。
「調子に乗りやがって……親父のコネで騎士団に入っただけのボンボンがよぉ!」
やがて男たちの中の一人が怒りを爆発させた。見たところ凶器は持っていないが、その腕は今の僕の胴体ぐらいはある。あんなので殴られれば、ガレスだって無事では済まないはずだ。
「ユーリ、下がっていろ」
ガレスは一歩前に進み出たかと思うと、流れるような動きで男の腕を捻り上げて、そのまま地面に叩きつけた。初めて見たときの姿から剣術に優れていることは想像がついたが、まさか武術にも精通していたとは、驚きだ。感心している間にも、男たちはそれを合図に一斉にガレスに襲いかかる。もちろん彼も応戦し、大乱闘へと発展してしまった。
その様子を僕はただ呆然と見つめていることしか出来なかった。男たちが一人、また一人と投げ飛ばされ、露店を破壊していく。男たちの方も恥も外聞も投げ捨てて、露店の商品をガレスへと投げつける。珍しい陶器や、硬そうな果物や、煌びやかな装飾品がことごとく宙を舞い、そしてもれなく土にまみれてしまう。
ああ、思い出した。僕はこの光景を見たことがある。
会社員だった僕はよく上司と部下の言い争いの仲介をよくさせられていたのだ。だが、僕には争いを終息させる力が無かった。両者の間でただ慌てふためくばかりで、止まらない口げんかは最後には大乱闘へと発展し、争いの当事者となった双方が会社を辞す形となり、人員が減った結果、業務はより一層過酷なものへとなっていった……。
思い出すだけでも胸が痛い記憶だ。しかし、僕はあの時とは違う。僕には彼らを止める力があるのだ。深呼吸を繰り返し、呼吸を整える。よし、出来る。確信して思い切り息を吸い込む。
「やーめーろーよぉ―――!」
僕は渾身の力で叫んだ。カラスを追い払った時のように、屍肉漁りを倒した時のように。
結局の所、それが街に一番の被害をもたらしてしまったのだった。




