街に出よう
―――「もう一眠りしたら、君がそうなってしまった理由を考えてみりゅよ。それまれ街でも散策してきたらどうらぃ……」
ろれつの回らない口調でエルナは自室へと這うように消えていった。その背を見送ることしか出来なかった僕は、仕方なくエルナの言うとおりにするしか無いのだった。
何より街に行けば、僕の首から下の情報を得ることが出来るかも知れない。
「と、いうわけでガレス少年。街を案内してくれないか?」
「……まあ、その見た目では保護者が必要だろうしな」
悔しいが否定はできない。鏡を見る度に映る身体は、どう見ても小学生程度のものなのだ。下手に一人で出歩いて柄の悪い奴らにでも絡まれたら、ひとたまりも無いだろう。
「幸い、この街は治安も良いからな。荒くれ者が出ても自警団が取り締まってくれる」
「我らが深淵の魔女様は取り締まられないのか?」
「……」
冗談で言っただけなのに、黙ってしまったところを見ると、どうやらその日は近そうだ。
―――――
「おお……」
初めて目にした異世界の街に思わず感嘆の声を上げてしまう。
一口に街と言っても、現代日本のソレとは大きく異なる風景が広がっている。多くの露店が建ち並び、賑やかな声が飛び交っている。かごに入っている見たことも無い果実や、不思議な形の刀剣、エスニックな香りがする衣装など色とりどりの商品が所狭しと並べられ、立ち寄る客の目を楽しませている。
「異世界だ。これが僕の知っている異世界だ……」
「一人で何言っているんだ?」
「いや、こっちの台詞だよ。市場を見るのは初めてなんだ。早く行こうぜ、ガレス!」
「そうだな。あんまりはしゃいではぐれるなよユーリちゃん」
ガレス少年の手を引いて市場を見て歩く。傍から見れば、仲の良い親子その姿そのものだろう。実際には僕の方が一回り以上、年上だけど。
「おお、すごいな!どれもこれも初めて見るものばかりだ」
「どんな田舎から出てきたんだよ、お前」
苦笑いしながらガレスはいつの間にか買っていた果物を一つ渡してくれた。そういえば、目覚めてから何も食べていなかったんだ。それに気がついたからか、突然腹の虫が騒ぎ出した。
林檎の様な食感で梨の様な味がする果物を頬張りながら、露店を見て歩く。口だけは難なく動かすことが出来るが、手足を動かすのはまだ少しもたついてしまう。首だけで生きていた事が尾を引いているのだろう。
そうして、自分の身体の感触を確かめる内に僕は一つ気がついた。
「なあなあ、ガレス」
「どうした?ユーリ」
「ほらほら、見てくれ」
グルリと首を180度回転させる。どうやら僕は人の身体の体を成していながら、人の身体には出来ない動きが可能なようだ。
「すごいな、まるでスライムだ。色々な動きが出来るぞ」
腰をグルリと捻り、肘を逆関節まで曲げる。身体は粘土のように従順で一切の抵抗がない。僕の身体には骨ってものが無いのか?
「おい、バカやめろ」
すぐさまガレスが肘を元の関節に戻して、首を真っ直ぐに直す。
「街中で人知を超えた動きをするんじゃない。エルナの仲間入りしたいのか?」
「あー、うん。ごめんなさい」
彼女の名前を出されるだけでどういう扱いになるのか分かってしまう僕はすでにこの世界に馴染んでいると言えるのかもしれない。
「そうじゃなくても、人間たちの魔族に対する印象はあまり良くないんだ。自分がすでに人間じゃ無いって事を忘れるなよ」
ガレスの言葉がズシリと心にのしかかる。身体の動きからすでに分かることだが、僕は最早、人間では無くなっているのだ。よくよく見れば、自分の身体には蛇が這ったような白い筋があちこちに奔っている。死体をつぎはぎして作り上げた身体なんてまるでフランケンシュタインだ。
「うん。……気をつけるよ」
どうやら身体を取り戻したことで少し調子に乗りすぎたみたいだ。この世界での振る舞いも考えなければならないかもしれない。少なくとも「深淵の魔女の従魔」であることは間違いなくマイナスのステータスだろう。
正直、この瞬間だけは少女の姿をしていて良かったと思った。年下に怒られて落ち込むおっさんなんて正直、誰も見たく無いだろうし。




