そして従魔になる
「―――ぷはぁ!」
そこで僕は目を覚ました。かなり長い時間潜水をしていたような息苦しさを感じた。
辺りを見回せば、すでにそこは戦場では無く、すすけた天井が見えるばかりだ。頭の下には枕の柔らかな感触がある。どうやらここはベッドの上で、僕は眠っていたらしい。
と、いうことは。僕は恐る恐る目線を下にやった。そこは布団に覆われていて見えなかったが、僕の首から下には膨らみがあった。つまり僕はめでたく従魔と相成り、身体を取り戻したというわけだ。
「お、起きたな」
程なくして、ガレス少年が部屋に入ってきた。
「どうだ?身体の調子は」
ガレス少年の補助を受けて、身を起こす。目覚めたばかりでまだぎこちないが、身体は確かに動く。これだけのことがこんなに嬉しいことだなんて知らなかった。思わず涙がこぼれそうだ。
「……エルナは?」
あの中二病のせいで散々な目に遭ったが、彼女がいなければこうして肉体を取り戻すことも出来なかっただろう。確認したいこともあるが、まずはお礼を言わせてもらおう。
「どうやらお前を従魔にする際に魔力を使いすぎたみたいでな。まだ眠っているよ」
ガレスは呆れたように言った。
「いつも昼過ぎまで起きてこないけどな」
そうか。それならば僕のやることは一つだ。
「じゃあ、鏡の前まで連れて行ってくれないか?」
久しぶりの自分の身体だ。まずは自分の目でしっかりと確かめてみたい。
「……あー、うん。まあ、良いぞ」
えらく歯切れの悪い了承の仕方だ。一体、何があるというのか。一抹の不安を抱えながら、彼の手を借りてゆっくりとベッドから降りる。
……んん?…………んんん?
「ガレス……君は随分と大きかったんだな」
僕の身長は覚えている限りでは175㎝程度だったはずだ。ガレス少年はそれよりも頭一つ……いや身体一つ分くらいはデカい。首だけだったから分からなかったのだろうか。これではまるで大人と子供だ。
「いや……まあ、ユーリに比べれば、な」
ばつの悪そうな顔で、頬をかく彼に疑問を抱きながらも、部屋の隅にあった姿見の前に僕は立った。
「…………は?」
開いた口が塞がらなかった。
目覚めたときには全く気がつかなかった。ガレス少年の身体が大きかったのでは無い。僕の身体が小さかったのだ。175㎝だったはずの僕の身長は、140㎝程度になっている。それだけでは無い。白い肌には産毛も無く、大きな瞳に亜麻色の髪、声も変声期を迎える前よりも高い。僕の身体は「男性」ではなく「女性」のものになっているのだ。
「……どういうことだ。どういうことだ!」
「どうって言われても、俺には魔法の覚えが無いからなぁ……」
「そうか。じゃあエルナに聞けば良いんだな!エルナはどこだ!」
「おい、落ち着けよ。あんなのでも女の子なんだ。乱暴な真似は良くないと思うぞ?」
「悪かったな、あんなので」
気怠げな声に振り返ると、扉の前には寝間着姿のエルナが立っている。寝起きなのだろう、髪はボサボサで、衣服も乱れている。だが、そんなことは最早気にならない。
「おい、エルナ!コレはどういうことなんだ。どうして僕は女の子になっているんだ?」
「それがだね。……結論から言うと『分からない』んだ」
まだ眠いのだろうか目をこすりながらエルナが答える。
「今まで二度、従魔を作ったけど、こんなのは初めてなんだ。従魔を作って魔力切れを起こしたことも無いし、ましてや性別を換えてしまったことも無い。何もかも初めてずくめだ」
「……元に戻る方法は?」
恐る恐る尋ねると、彼女は目をこすりながら、二度三度と躊躇いを見せながらもゆっくりと言った。
「……現状では無いね」
現代日本で人間の男性だった僕は、こうして異世界で従魔の女性となってしまった。




