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決着!魔女vs.塚人


「た、助かった……」

「生きていて良かったな。僕のおかげだぞ?」

「助かったのがお前のおかげなら死にかけたのもお前のおかげだけどな!」


 二人は土埃を払って立ち上がる。先ほどの部屋に比べると貴族の屋敷のように豪奢な造りだが、明らかに狭い部屋だ。ガレスが背を伸ばせば天井に届いてしまいそうだ。


「まるで誰かが生活しているのかのような部屋だな……」


 部屋の周囲を歩き回りながらエルナが呟く。確かにこの部屋には先ほどの部屋には到底存在し得なかった生活感がある。テーブルにティーポット、版画に胸像があり、部屋の隅には寝台まである。誰かがここで寝起きしているのは明白だ。よくよく見ると、それらの調度品には剣で斬りつけたような跡があちこちに見られるが、それもまたアンティークと言われれば納得してしまいそうではある。


「まさか……ここは迷宮の主の部屋か!?」

「だろうな。ということは……」


 エルナが不穏な笑みを浮かべる。


「ここにある調度品は全てお宝ということだ!ガレス、急いで袋に詰めろ。持って帰れば借金を返済してもお釣りが来るぞ!」


 エルナは嬉々として調度品を次々と袋に詰め込んでいく。


「目的が代わってんじゃねえか!」

「バカ言え、ユーリだってきっと借金の返済を優先しろと言ってくれるさ!早くしろ!」


「悪いがその調度品は全て私の作ったものだ。恐らく二束三文にもならないよ。……前に来た冒険者にそう言われたからな」


 ガレスとエルナは声の方を素早く振り返ったが、それよりも早く死霊たちが二人を拘束した。


「ククク……まさかとは思っていたが従魔が従魔なら、その主も主だな!」


 二人の前に現れたのは、目を真っ赤にさせた小さな少女―――塚人のラブレスである。


「グスッ……どうやら冒険者という奴は……グスッ……相当金に飢えている生き物らしいな?グスッ……全く……グスッ……浅ましいと言う外ない……グスッ」

「……目が赤いぞ?」

「やっぱり泣いていたんじゃないか」

「うるさい!私の心配をする前に自分の心配をすることだな。まずは小娘、お前からだ!お前は絶対にぶっ飛ばすと決めていたのだからな!覚悟しろ!」


 ラブレスが呪文の詠唱を始める。彼女の右腕に死霊たちが寄り集まり、巨大な鎧となっていく。だが、二人の表情からは焦りの色はうかがえない。ラブレスはそんなことにも気づかず、岩のようになった右腕を見せつけるように床を叩いた。軽く降ろしただけでも床がひび割れ、そこに拳の跡をハッキリと残している。


「……自分の部屋じゃないのか?」

「なあに、心配は要らないぞ?このひび割れはお前たちの屍肉で塞ぐことにするからな!ここで一生、床の一部として過ごすが良い!」


 ラブレスが右腕をゆっくりと持ち上げる。


「さあ、深淵の魔女よ。辞世の句を用意しろ!」


 眼前に岩のような拳を向けられても尚、エルナは欠片ほども焦る様子がない。彼女は深くため息をついた。


「お前な……迷宮の主なら部屋にお宝くらい置いておけよ!」


 エルナが怒鳴ると、死霊たちによる拘束はたちまち解けて逆にラブレスを拘束しにかかった。彼女が腕に纏っていた死霊の鎧ですら彼女を拘束する枷となりかわってしまう。


「なっ!?ば、バカな……私はこの迷宮の主だぞ!死霊たちを統べ、操ることのできる塚人なのだぞ!」

「それがどうした!僕は深淵の魔女だぞ!この世の死霊は全て僕の手足だ!一片たりともお前のものにはならない!」


 自らの腕力を頼りに死霊による拘束を打ち破りながらもガレスはかつてここまでエルナと相性の良い相手に巡り会えたことがあっただろうか、と考えていた。これほどまで彼女の死霊術が輝ける機会もそうそうないだろう。死霊術に傾倒しているせいで腕前だけはこうして迷宮の主をも上回るものになってしまっていることは喜ぶべきか悲しむべきは分からないが。


「おい、お前たち、私は敵じゃないぞ!あ、こら……やめ……」


 みるみるうちにラブレスは死霊たちにもみくちゃにされて身動きがとれなくなってしまう。


「お前の敗因はただ一つ……僕に死霊術で挑んだことだ!」


 エルナの号令に死霊たちが一斉に行動に移る。ラブレスを拘束していた手がやけに艶めかしく動き、彼女の脇や足の裏、首筋などに伸ばされる。


「な、なんだ……何をする気だ!」

「ククク……迷宮の主よ、お前には我が深淵を堪能させてやろう!」


 死霊たちの指先が一斉に動き出す。指先はラブレスを決して強く掴んだり殴りつけたりするわけでもなく、彼女の肌を時に優しく時に激しくなで回す。その動きはまごう事なき「コチョコチョ」である。


「あ……ちょっとまっ……そこは……そこは弱いんだってば―――!!」


 しばらくの間、ラブレスの叫びが絶えることがなかった。



―――――――



 ほどなくして死霊たちが落ち着くと、彼らの手によってすっかりと抜け殻のようになったラブレスがエルナたちの前に差し出される。


「見ろ、ガレスよ。辛く厳しい戦いだったが僕らは見事に勝利を掴んだのだ!」

「俺にはひたすら辛く厳しいだけだったがな」


「くそ……従魔と言いその主と言い……迷宮も私も散々だ。望みを言え、それでさっさと出て行ってくれ」


「よし、ではお宝を……」

「違うだろ!」



―――――――



「従魔のこと?何の話だ」


 ラブレスがそう言ってティーカップにお茶を注ぐ。困惑しながらもガレスはそれを受け取った。いつの間にやらエルナとラブレスはすっかりと打ち解けてしまっている。やはり似たもの同士、通じ合うものがあったのだろう。ガレスはそう結論づけることにした。


「とぼけるなよ、僕の従魔がここに来ただろう?どこに行ったか知らないのか?」

「ああ、ここには確かに来た。だがそれは一月も前の話だぞ。奴は仲間たちと一緒にここを出て行ったからな」

「バカ言え、ユーリは今も僕らの所に戻ってきていないんだぞ?手がかりはこの迷宮にあるはずだ」

「そう言われてもなあ……ああ、そういえば」


 ラブレスは自分のティーカップにもお茶を注いで、ゆっくりと啜った。……さっきまで俺たち殺し合っていたはずなんだけどな。ガレスは訝しげな視線でティーカップに視線を落とす。見た目も香りも普通の紅茶に思えるのだが、彼女はこの迷宮から出られないと言っていた手前、これがなにで出来ているかなど考えたくもない。


「お宝をくれ、というんで私のポケットに入っていた転移石をやったんだ。珍しいからずっと持っていたんだけどな。私はこの迷宮から出られないから持っていてもしょうがないことに最近気がついて……ほら、人間の世界でも高値で取引されるらしいじゃないか?奴らはそれを使って外に出た……はずだ」

「随分と歯切れが悪いな。何かあるんだろう?」


 エルナが詰め寄ると、ラブレスはばつが悪そうに視線を左右へと彷徨わせた。


「……転移石は行ったことのある場所ならば好きに移動できる便利なアイテムだけどな。定員はせいぜい二人、多くても三人が限界だ。それ以上の人数で使うとなると、どこに飛ばされるか分からない。お前の従魔は確か六~七人で使ったから果たしてどこに飛ばされているか……」


 これにはガレスはティーカップを落としてしまいそうになった。苦労してここまで来たというのに、これでは手がかりゼロだ。ユーリの情報はここで途切れてしまったということになる。


「ああ、でもここからそう遠くには行っていないと思うぞ?飛ばせる人数に上限がある、ということは大勢を飛ばすだけの力はないということだからな」

「この迷宮の周辺を虱潰しに探せって言うのかよ!?」

「それ以外に方法があるのか?」


 ラブレスはさも当然であるかのように言ってお茶請けの干し柿をかじった。エルナもまた当然であるかのように干し柿をかじっている。


 悔しいが手がかりがない以上、それが最短の手段である事はガレスも承知している。彼は勢いよく席を立った。


「……じゃあ、いつまでもここにいても仕方ないな。エルナ、早いところ探しに行こう」

「そうだな。では……我が同士よ。次に来る時はもっとすごい死霊術を用意しておくぞ?」

「ああ、そうしておいてくれ同士よ。次に会う時には私が必ず勝つからな!」


 二人は熱い握手を交わした。戦いは時として友情を育むこともあるのだろう。死霊術がつなぐ絆というものがあってもおかしくはない……はずなのだが、なぜだろう。何だか釈然としないのは俺だけなのだろうか。


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