14歳の魔女(家持ち)
「さあ、着いたぞ」
幌が剥がされて、ようやく外の景色が見えるようになる。どうやら彼女の家に着いたようだ。
「ようこそ、僕の家へ」
目前には大きな屋敷がそびえ立っている。下手な宿と比べてもこちらの方が大きいだろう。だが、かつては豪奢な作りだったのであろう、錆びた装飾や朽ちた石像が残されたままであり、庭も草木が伸びるままになっている。エルナの言葉が無ければ、ここを廃墟かと勘違いしてしまいそうな寂れ具合だ。
「コレが君の家?」
「そうだ、僕の家だ」
「……なあ、エルナ。君の年齢はいくつだ?」
「14だ」
さも当然の様に彼女は答える。すかさずガレス青年に視線を向けるが、
「俺は18だが」
精悍な顔つきをしているから20代だと想像していたが、青年じゃなくて少年だったのか。いや、問題はそこじゃない。
「この世界では14歳が家を持つことが普通なのか?」
「いや、普通じゃないよ。そんなのは王侯貴族のご子息やご令嬢くらいのものさ」
そうだったのか。いくら異世界でも14歳が家持ちなんてファンタジーが過ぎる。
「この家は元々、僕の伯父さんのものだったんだ。伯父さんが田舎に隠居するっていうから僕が譲り受けたんだよ」
「この屋敷には一人で住んでいるのか?」
「いいや。今いるのは三人だ。君を含めると四人だね」
んん?………んんん?
「え、いや……僕も住むのか?」
「さっき言ったろう。『僕の従魔にしてやる』って。だからこの家に住むのは当然の話じゃ無いか?」
そもそも「従魔」って何のことだかさっぱり分かっていないんだが。誰しも「従魔」になると、家に住むことになるのか?僕は縋るようにガレス青年……もとい少年に眼で訴えかけた。
「いいか、従魔って言うのはだな……」
彼は覚束ない調子ながらも「従魔」について説明をしてくれた。その内容はこうだ。
―――「従魔」とは、魔術を駆使して依り代(有機物、無機物は問わない)に命を吹き込み、自らの従者とすることらしい。もちろん誰にでも出来るわけでは無く、従魔を作り出すには一定以上の素養を必要とする。従魔の能力は基本的に従魔を作成した者の能力に準ずる。従魔はその作成者が死ぬと一緒に死ぬ。よく似た部類に吸血鬼の眷属が存在するが、こちらはあくまで依り代が生物に限定されているなど微妙な違いがある……。
なるほどさっぱり分からん、と言いたいところだがガレス少年の説明のおかげか意外と理解出来てしまった。
「要するに、僕は君の従者になることで身体を得ることが出来る、ってことで良いの?」
「そうだ。君は自由に動き回れる肉体を手に入れられて、僕は君という唯一無二の存在を研究対象として手元に置いておくことが出来る。互いに利がある話だ!」
説明の中に不穏な単語がチラホラ出てきたことが気にかかるが、この身体では正直、死んだも同然なので断る理由が無い。何の当ても無いこの異世界で住処を提供してくれるのであれば、尚更だ。
「……僕の首から下も誰かの従魔になっている可能性がある?」
「確証は無い。でも可能性はゼロじゃ無いと思う」
エルナの言葉に、僕の決意は固まった。
「良いよ。じゃあ僕を君の従魔にしてくれ」
「ふふん。そう言ってくれると思ってすでに準備は済ませてあるんだ」
彼女はそう言って、僕を荷台から下ろした。下にはすでに魔法陣が描かれており、何人かの死体が積み重ねられている。僕はその上に乗せられた形になった。鏡餅の橙になった気分だ。
「この戦場跡で拾った死体たちを依り代として君の身体にする。これだけあれば、人一人分くらいは楽に作ることが出来るだろう。最初の内は恐らく動きにくさを感じるだろうが、それもすぐに慣れるよ」
だから死体を一緒に運んできたのか。彼らとはこの屋敷に来るまでの短い付き合いだと思っていたが、どうやら長い付き合いになりそうだ。
「よし。では行くぞ、ユーリ!」
彼女が杖を振り上げて呪文を唱える。淡い光が魔法陣から漏れ出し、徐々にその輝きを増していく。
おぉ……すごくファンタジーっぽい。年甲斐も無く興奮してしまう。
視界が光で埋め尽くされる。徐々に身体の感覚が無くなっていく。浮いているのか沈んでいるのか、どちらが上でどちらが下なのかも分からない。まるで宇宙に放り出されたかのような途方も無い感覚を味わっている間に、様々な光景が視界に飛び込んでくる。
それはどれもが戦場で無念の内に散っていった名も無き兵士たちの記憶だ。故郷の妻と子のために戦った者、ただただ己の腕を磨かんとしていた者、まともに戦う気は無く、おこぼれを狙っていた者、と言った具合に様々だ。かつての自分と同じように立身出世を夢見た者もいた。依り代になった死体たちの記憶なのだろう、十人十色の記憶たちが次々に流れ込んでくる。
願っていた自由な身体がこんなにも重い記憶と引き換えだなんて、こんな話は聞いていないぞ、あの中二病め。血なまぐさい記憶に戻しそうになるのを何とか堪えながら、やがてある一つの風景が流れてくる。それは戦場の記憶のようだが、今まで見てきたソレとは少し違う。
戦場で対峙している一組の男女。数百の兵士たちが群衆として彼らを取り囲んでおり、僕もその中の一人としてこの戦場に立っていた。どうやらあの二人の一騎打ちでこの戦争の勝敗を決めようというわけだ。
男の方は仕立ての良さそうな鎧に身を包んだ騎士、対する女の方は服とも呼べないようなぼろ切れを纏っただけの浮浪者然とした格好だ。戦う前から、結果は見えているようなものじゃないか。周りの兵士たちはどうやら男の味方のようだ。女の方へ口々に罵詈雑言を浴びせかけている。
こんなものは一騎打ちとは呼べない。ただのなぶり殺しだけになることは僕にも見れば分かる。だが、どれだけ呼びかけても、誰も一向に反応を示さない。周りの兵士たちに触れようとしても、この手はまるで煙のように彼らの身体をすり抜けてしまう。こんな後味の悪い記憶をよりにもよって体感する形で見せられてしまうなんて、ハッキリ言って最悪だ。僕に出来ることは、彼女の死が痛みを感じる前に訪れることを願うことぐらいだ。僕は眼を閉じて、それだけをひたすらに祈った。
「――――――!」
刃のかち合う音がして、ドサリと一方が倒れる音がした。
やっと終わった。もうこんな記憶は見たくも無い。早く終わってくれ……。そう思っていたが、周りの反応が無い事を不思議に感じて、つい目を開けてしまった。そして気がついた。周りの兵士たちが揃いも揃って呆然としていることに。
「……どういうことだ?」
彼らの視線の先を辿れば、自ずと答えは出た。
地面に倒れ伏していたのは、男の方だったのだ。女はただ無表情のまま、じっと立ち尽くして男を見下ろしている。まるでこの戦場一帯の時が止まったかの様に感じたが、彼女の手にある刃からこぼれる血が、時間が止まっていないことを教えてくれている。
不意に彼女の視線が動いた。それまで男を見下ろしていた視線がゆっくりと彼女を取り囲んでいた兵士たちに向けられて、僕の所で止まった。
「―――!」
彼女と眼が合った。僕はこの場には存在しないはずだ。兵士たちにはもちろん、彼女にだって見えていないはずなのに。にもかかわらず、彼女の視線は呆然としている兵士たちの隙間を縫って、確かに僕を捉えていた。
そして彼女はほんの一瞬、見間違いかと思うほど一瞬だけこちらを見て、笑った。それはこんな戦場には似つかわしくない、優しい微笑みであった。




