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けたたましい音を立てて弾かれるように開いたドア。
「うっわ!!」
「ぐふっ!」
先に投げられた哲平の体が地面に叩きつけられないように瞬時に哲平の腕を掴み、引いた俺は下に滑り込み下敷きになった。
(くぁぁああいってぇ…!!)
まぁ結果的に哲平は怪我しなかったし、俺は背中強打だけどさ。
あのままだと哲平は顔面強打なのでま、いいよね。
「っおま!大丈夫か!?」
「あだだ…大丈夫大丈夫」
ばっ、と俺の上から飛びのいた哲平は手を引き起こしてくれた。背中についた砂を手で払いながら俺は顔をしかめる。
それを不思議そうに見つめていた森崎先輩は嗤った。
「なんか君達恋人同士みたいだね、んだよマジで付き合ってンのお前等」
「は!?こんなんと俺が付き合うわけねーだろ!!」
「いや突っ込むとこソコ?切り替えの早さ突っ込もうよ、っていうかこんなんっておま、夜を誓い合った仲じゃない」
「そうなの?」
「小豆テメェぶん殴るぞ!!」
ぶん殴るぞと言いながら俺はすでに殴られている。言葉と体がずれてるよ!!
哲平に殴られた背中の痛みに丸まるように体を折るとふと、視界に上履きのつま先が見えた。
(……哲平は俺の後ろだろ?森崎先輩は俺の左斜め後ろだろ?あれ、これ誰だ。)
「俺はテメェに殴られてぇけどなぁ」
――くるっ
「……小豆?」
哲平は今まで丸まっていた小豆が突然しゃきっと背筋を伸ばして踵を返したことに声をかける。
ふ、と顔を上げた小豆は固まった表情をしていた。
そして小豆越しに見える茶交じりの金髪。
「やぁ赤井君、ごきげんよう、じゃ」
「まぁぁあて待て待て待て待て!!」
くる、と踵を返しかえろうとする俺の肩をガシッ、と掴んだ変態、もとい赤井君。
俺の行動に哲平に森崎先輩は驚いているがそんな事しったこっちゃない。
屋上に神田が居ても嫌だがもちろんこいつが居たって嫌なのだ。
肩を掴む手を思い切り叩き落して俺は振り返った。
「触んなドMがうつったらどうしてくれる!」
「っ、はぁ…大丈夫だ、テメェは生粋のサディストだ」
「ぎゃっふざっふざけっ触んな触んな!!えんがちょっえんがちょー!!」
はぁはぁとどこか熱に浮かされたような眼をしてにじり寄ってくる相手に俺は急いで哲平の後ろに隠れた。
「我が盾となれ哲平!!」
哲平はよく理解できていないのか「は?」と繰り返している。森崎先輩はすぐに見抜いたのだろう、嫌悪感に顔を歪めていた。
「猫田小豆お前はどんだけ俺を興奮させりゃ気が済むんだ絶倫かテメェ!!くっ小悪魔どころじゃねえ…糞ッテメェ…っ」
何に興奮しているのか言葉に詰まりながら必死に俺との距離を縮める赤井君。
絶倫?小悪魔?
流石の俺もここまでくると震える、たじろぐ。
「や、ちょ…ま、ま、とりあえずおち、落ち着こ…うおおおお!?」
無駄に長い手が俺に向かって伸びてくるのをすんでの所でかわす。
「チッ…大人しく俺ときやがれ、そして二人でめくるめく被虐と加虐の世界を…」
「ぎゃー!鼻血っ鼻血出てる!!」
めくるめく被虐と加虐の世界なんて言い回し初めて聞いたよ!もうびっくりだよ!!
悲痛な俺の叫びに漸く哲平は状況がわかったのか赤井君と俺をベリッと引き離した。
「おいやめろ」
「あ?誰だテメェ」
言い合いをはじめる二人に俺は哲平格好いい~なんて思いながらこっそりと少し離れた場所へと避難をする。
「いいの?あの二人放っておいて」
「あ…フィニ先輩…」
先ほどまでの茶番に我関せずの態度だった森崎先輩は壁に背を預けながら微笑みかけてくる。
にこ、と笑った顔に胡散臭さは微塵もない。
「まあ…楽しそうなんでいいんじゃないすか?」
「へぇ、」
性格ブスってわけじゃないみたいだね、と嫌味ったらしく言った相手を適当に流すと気に食わなかったのか不良スイッチがインされた。
「お前、何の為にかまととぶってんだ?」
ピタゴラスイッチ的なもんか、そのスイッチは。
「なんでって言われましても…」
強烈な早変わりに俺は冷や汗をかくしかない。物凄い迫力なのでもしかしたら実家がヤクザとかそんな感じの人でもおかしくはない。
自分の素性を隠す理由、それはただひとつの理由があるからに他ならない。俺は片眉を上げながら答えた。
「平穏に生活するため?」
「……はぁ゛?」
どうやら森崎不良バージョンは濁点をつけるのが好きなようだ。
声帯何個も持ってるの?なんでそんな声変わるの?
「こんな学校じゃ目立つのも駄目、地味すぎるのも駄目、めんどくさすぎでしょこの学校。じゃー猫かぶっていい子ちゃんで過ごしましょうって」
生徒会やらD組の不良やら風紀委員やら、本当にいるのお前等、と聞きたくなる奴等ばかりだ。
生徒会なんか仕事は殆ど補佐におしつけてるし生徒会長が仕事をやっている所なんて一度も見た事がない。
不良は素行が悪くて成績悪くて邪魔だっていうなら、暴力おこせば退学させりゃいい。
なにもわざわざお荷物抱えるなんて、合理的じゃない。
風紀も人数はほとんどいない、実際俺が見たのは風紀委員長だけで普通の委員は見た事がない。
こんなに閉鎖的じゃなかったら世間からのバッシングでこんな学校既に廃校しているだろう、俺が保護者ならばこんな場所に息子を入れたいとは思わない。
(ま、金持ちの考えることはわからんがね…。)
「平穏?ハッ!ファァックだ」
「ファッ…うわぁ…その顔でそんなの言われるとなんか夢が…」
綺麗な顔して薄い桃色の唇から零れ落ちる言葉は最低だ。
「じゃ、逆に聞きますけどフィニ先輩はなんなんですかー」
「俺?力つけてやりたい放題するため意外に何があんだよ」
まるでそれが当然のことであるかのように言ってのける森崎に俺は頬を引きつらせた。
「ここはクソだがここに居るクソの親は使える。今のうちに飼い慣らしておける犬を見つけて手駒にしておけば後々役に立つだろ」
「……赤井くーん君の大好きなドS鬼畜がここにいるよー」
「何を言ってるのかな猫田君」
にこにことしている森崎先輩になるほど笑顔は要注意と覚えた。
「大変ご立派なことで…力をつけて何をするんです?」
純粋な疑問に森崎先輩はニヒルな笑いを浮かべた。
この人都会に出て即効貯金全部もってかれるとか思ってたけど、逆に搾り取る方だよね。最終的に臓器まで売り飛ばすような悪魔だよね。
「このつまんねー学校もつまんねー生徒会もつまんねーカマみてぇな奴等も全員潰して遊ぶだろ」
「!」
(ちゃんとつまんねーって事はわかってんだ…。)
「馬鹿…、馬鹿は好きですか?」
「あ゛?馬鹿?死ぬほど嫌いだね、馬鹿って生きてる意味んの?」
「おおー!!」
そうだよな、好きって奴もいりゃ嫌いってやつも多い。
バ神田は好かれる相手も濃い奴等ばっかだけど、嫌われる相手も濃くて一本線がぶっ飛んでる奴等ばっかだ。
どこかで愉悦を感じている俺が居る。
にんまりと口元を緩める俺に森崎先輩は何か言いかけたが後ろから聞こえてきた大声に無理やり飲み込まされた。
「俺ぁ馬鹿は好きだ!!!!」
「俺は嫌いだ!」
ふん、と鼻息荒く叫んだのは赤井君で続けてそっけなくはき捨てるように言ったのは哲平だった。
…どうやら馬鹿と馬鹿は磁石のように惹きあうらしい。
とりあえず、馬鹿が好きになるのは馬鹿ばっかだという事がわかった。