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「どうしたんですか森崎先輩二年生の教室に来て…」
「はは、フィニでいいって言ったでしょ?そういえばさっき、すごい人だかりだったけどなにかあったの?」
「あ…生徒会の皆様が来てらっしゃって…あ、そのことで何か…?」
「いや違うよ」と森崎はゆるりと首を振った。
「猫田君に渡し損ねたものがあってね」
にこにこと微笑みながら手をさし伸ばす森崎に小豆は素直にその手をとり、立ち上がった。やはり思ったよりある身長に若干の戸惑いを感じない事はない。
ポケットを探る森崎先輩をよそに、怪訝な顔で見つめてくる哲平にそっと肩をすくめた。
「ファンクラブに入ってる子達には渡してるんだけど、猫田君にだけ渡しそびれちゃってね」
そういいながら小さな紙切れを手渡してくる。カサリと音と立てて開くとそこにはローマ字の羅列が並んでいた。
「アドレス…ですか?」
うん、と笑う森崎先輩に俺は顔を綻ばせた。
「僕……嬉しいな、フィニ先輩にこんな…っあ!や、ぼ、僕なに言ってるんだろ…!」
あわわ、と照れたり焦ったりする俺。
森崎先輩は一瞬驚いたように目を見開いた。しかしすぐにその顔が愛しいものを見つめるような視線に変わる。
「猫田君は本当に反応が新鮮で楽しくて…心がホワッてするよ」
いやむしろ今ここにいる全員の心がホワッとしました。
まさに天使、いや容姿だけを天使というなら他にも沢山いるが、女神といってもいいほどの美しさと愛らしさが溢れた微笑を直視した俺はなんだか苦い思いだ。
(…これで女の子だったらなぁ、俺もなあ…まあどれだけ言ったってついてるもんはついてんだけど…。)
「大丈夫だよ猫田君」
「はい?」
ぐっと身を乗り出すように整った顔が近づいて、ふわりとシトラス系の香水がふわりと鼻をくすぐった。
「たとえ君が嘘の塊だとしても、僕は君に楽しませてもらってるから」
鼓膜を直接揺さぶられているような、甘い声。耳たぶをゆっくりと舐り、やわく歯をつきたてられる。俺はその間微動だにできずにいた。
(………え?)
目の前で哲平が勢い良くむせた、驚いてこちらを見つめてくる。
じゃなくて、え、なんて。
「神田君の言葉で不思議に思ってね、カマかけてみたんだけど…ふふっ、すごく驚いてるみたいだね」
天使のように綺麗で、人懐こい顔を見せる森崎先輩に俺は直感した。
「…もしかして…はは」
俺は森崎先輩を指差し、そして自分を指差す。
「…ご一緒コース…?」
引きつった笑みしか浮かべられない俺に森崎先輩は綺麗に形作られた笑みを崩すことなく囁いた。
「残念、神田は先に潰すべきだったなぁ?詰めがゆるいぜ?ケツの穴並みにな」
(…ですよねーー!!!)
先ほどとは打って変わってハスキーな声で笑う森崎は相変わらず女神のような微笑をしているし、その薄く色づいた唇からは悪魔のような言葉が出てくるし、なんだかとっても…あべこべだ。
ひとつ言うならば、俺のケツはガッチガチのギッチギチだ。
「あれ、そんなに驚いてないんだね」
苦笑いをする俺にきょとん、と首を傾げる森崎先輩。教室から小さな悲鳴が上がった。
可愛いとかっこいいを掛け合わせたような容姿の森崎。
ファンクラブでのキャラはきっと男臭い生徒達に人気で、突っ込まれるのが好きな生徒達にも人気なのだろう。
でも素の先輩なら突っ込まれたいですぅ、という意見が多いんだろうなと思いながら固まり続ける哲平の足を軽く蹴った。
(いつまで固まってんのー。)
コツン、とつま先を哲平の膝下に当てる。その衝撃に体が大きく跳ねる。哲平は目をぱちくりとさせながら唖然と俺を見上げた。
だからそれ可愛いんだってチューしちゃうぞ!!
「ええ、まぁ…僕はどんなフィニ先輩でも好き…っですから」
ちょっと照れながら俯く俺。
その恥らう乙女のような反応に森崎先輩は少し関心するように笑った。心なしかその笑顔が邪悪なものに見える。
「動じないんだ?」
「ぼ、僕に何かお話ならあちらでどう…ですか?三山君も一緒に」
「俺!?」
状況が変わった。これはあれか、日ごろの行いのせいか。
変態にあうわ森崎先輩に素は見られるわ…教室の奴等の視線がそろそろ集まってきだした頃、俺は丁度昼時だと思い二人を連れ出した。
「さて…どこに行こう」
中庭はべたべたカップル多いし…空き教室は大概お取り込み中だし。
と、なると屋上しかないわけなのだが、屋上は先ほど自分が居た場所だ。もしかしたら神田が居るかもしれない。
(……変態が居てもやぁだよなー。)
「屋上でいいんじゃない?」
俺がもやもや考えている途中で森崎先輩は勝手に決めると哲平の腕を掴んで歩き出した。
あれ、哲平?
「うおっ!?」
「ぐえっ!!」
驚いた哲平はずんずん進んでいく森崎先輩に引かれながら慌てて俺の襟首を掴み俺を引き摺った。
いやいやお前もびっくりだけど俺もびっくりだからね。
「ちょっちょっちょっ!!!」
「てっ、てっぺ、哲平首首!!」
慌てる哲平、首絞まってる俺、機嫌よさげな森崎先輩。森崎先輩にいたっては鼻歌まじりだ、だけど気づいて!その後ろで俺が苦しみもがいているよ!
まばらに居た生徒たちも屋上に近づくにつれて人は居なくなった。
が、引き摺られた体制のままチラ、と向かいの校舎を見ると問屋がこちらを睨んでいる。
それはもう物凄い眼力で。
多分あの視線は「さっき忠告したばっかだろうがテメェ」の視線だ。
へらりと笑った俺に問屋は首の真ん中を指で切るフリをした。
あれか、お前死ねのポーズか。
とりあえずまぁ怒るなよ、という意味で手を振ると窓越しに問屋はカッターをチキチキとしだしたので俺は慌てて顔を逸らした。
そうこうしている間に森崎先輩は階段を上がりドアを蹴り上げるとその中に哲平を投げ入れた。