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教室に戻ると、俺の席を囲むような形で人だまりができていた。ざわざわと円のようになにかを囲い、教室は騒がしい。
これなら誰が入ってきても誰一人気づかないだろう。
(わーちょー邪魔、あれなんなんだろ…てゆか俺の席の周りってだけで凄い不安要素。)
しかし真ん中で踏ん反り返っている生徒会の奴らの中にバ神田がいないので容易に想像できた。
後ろのドアからそろりと入り込み、妖しく目を光らせた副会長から絡まれている哲平を軽く引き離す。
やはり想像通り絡まれていたのは哲平だった。
ちょっとやめてほしい、うちの男を誘惑なんてそんなけしからん。
俺が割って入ったことで余計場が混乱してきたのか、神田の戸惑った顔が俺の腹筋を刺激した。笑える。
「三山君待たせてごめんね」
「小豆…」
にこ、と微笑む俺に若干顔を引き攣らせた哲平が見上げる。
「ねこたっ幸助は!?」
今にも掴みかかってこんばかりの勢いの神田は机に両手を置き、前のめりになりながら顔を突き出す。
キーンと響く声に不快感を覚えながらもサラッと答えた。
「志摩君なら屋上でD組の赤井君といるよ」
「屋上だなっ」
勢いよく走り出した神田は教室を飛び出していった。その後を他の生徒会役員も追っていく。
(おーおー友達思いな事で。)
しらけた目で見るほかないだろう。
取り越された水城はちら、と哲平を一概すると俺を見て笑った。その笑みは獲物をわざと泳がせているような、狡猾な笑みだ。
しかしファンクラブに入っている俺はそんな顔にもはやり恥らって頬を染めなければならないわけで、頬を赤らめた俺に水城は嘲笑を浮かべ同じように教室を出て行った。
(……にしても…。)
赤い顔を隠す仕草で顔を隠し考える。
俺のいない間に無粋なまねをしてくれるじゃあないか。哲平が何か関係することだというのはわかったが、生徒会役員と接触なんて言語道断だ。
「小豆、どうした」
唇をむにむにとつまみながら考えこむ俺に哲平はすっかり通常の顔で声をかけてくる。
「ん、どうしたじゃないでしょーさっきの何?」
「お前の友達かって聞かれたんだよ」
「へぇ……」
なんか目が気持ち悪かった、という哲平に頭を撫でてやると叩き落された上に手の甲をつねられた。頭を撫でただけでこの仕打ちってなに。
(…友達かどうかなんて聞いてどうするつもりなんだろ…脅し、にでもつかうのかねぇ…?。)
最悪の考えが浮かぶが、今最も濃い線だ。ふいに、問屋のメッセージを思いだした。
問屋とは、一種の請負業だ。
頼まれればなんでも代わってやる。その中でも彼らが取り扱うのは情報業である。頼めば別の依頼もこなしてくれるが、今のネット世界では情報が相手の盾を突き破る矛となる。
そんな問屋相手に俺は情報を売るお得意様だった。報酬はいらない、だから俺と哲平の個人情報を守って欲しい。
それが俺たちの間で交わされた交換条件だ。
だからああやって何かあった時は知らせてくれる。
それに極力他人に情報を出さない俺の情報は少ないから情報の値段は希少で高い。
かといって高い金を出したからといって隠すような情報は持ち合わせていないから、ただの無駄遣いになるだけだが。
(物好きもいたもんだと思ってたけど…。)
どうやら話は少し違うらしい。
生徒会のメンツが散っていくと俺達を囲っていた生徒たちも散り散りになっていった。漸く団子状態から開放された俺はほっと息をつく。
そして俺は哲平の前に座るとだるそうにため息をついた。
「小豆?」
「あーだるい、面倒くせー」
「おい、ここ教室だぞ」
そんな話方していいのか、と視線で訴えかけてくる哲平にいいんだよ、と呟いた。
生徒会と神田の話でもちきりで誰も俺の事なんか気にしてないでしょうよ。その証拠にざわざわと教室は今その話題で随分騒がしい。
「副会長、何言おうとしてたんだろな」
ふと、思い出したように哲平は話を切り出した。
「どうせ、ろくなもんじゃないでしょ」
「話かけんのがお前ならわかんだけどな、なんで俺なんだ」
「あーそれは俺も気になる、中々目敏いからなーあの人」
哲平は目立つっちゃ目立つからな、と笑う俺に哲平は首をかしげた。
あ、それなんか可愛い。
「あんた等なんかに興味ねーです、って雰囲気出てるし…あの人等基本天邪鬼だろ?つれない態度とられると気になるもんなんだよ」
「…そういうもんか?」
「そういうもんなんじゃないの?凡人の俺にゃわかんないけど」
「…お前が凡人なら世の中の大半は凡人だな」
「…ひどくない?」
「いやまったく」ときっぱりといい放つ哲平に俺は苦笑した。生徒会の連中も簡単に言えば只のデリカシーのないうるさいだけの神田より、こういう哲平のような相手を選べばいいものを、と思わずにはいられない。
もちろん哲平をやるつもりは微塵もない。
「ま、なんにしてもさ…」
「おい小豆」
「あーもーほんっとなんていうかさー…あ?」
ぐだりと椅子に背を預け、思い切り伸びをしながら背を反らすと哲平の少し固い声と、視界に赤い毛がちらついた。
「や、きちゃった」
(き…きちゃっ……。)
「たあああああ!?」
ガタンッと大きく音を立てて後ろに椅子ごとひっくり返った小豆をその人物はひらりとよけた。背中を突き抜ける衝撃に耐えながら打ち付けた後頭部に悶える。
「こんにちは、猫田君」
爽やかな笑みに教室の中に風が通った気がした。初夏の青葉を思わせるその瞳には随分と覚えがある。
「もっ森崎先輩!」
見上君の驚いたような声に改めてその人物が誰か俺は再確認した。
柔らかくさわり心地の良さそうな赤毛を揺らした森崎先輩が笑顔で立っていた。
思わず目を見開いていた俺だったが先輩の優しい笑顔に肩の力が抜けたのは言うまでも無い。