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屋上から階段を軽やかなリズムで降りて人気のない廊下を歩く。
「世の中は広いなぁ、まさかあんな変態がいるとはな」
実物みたの、初めて。
しかも蹴った感触からして多分イッた。蹴られてイくってどうよ?
獰猛さと恍惚の入り交じった目を思い出し、ぶるりと震える。出来ればもう二度とお近づきになりたくないタイプの人間だ。
そんな事を思いながら乱れたシャツを正し、緩めたネクタイをいじる。
不意にキュ、と上履きの音が廊下に響いた。自然とあがる視線。
この廊下には今自分一人しかいないはずだ、そしてまたこんな人気のないところに一体誰が来たのだろうか。
ゆっくりと顔をあげ、眼前を見つめる。
眼前には着崩れなく正しく制服を着たどこかもっさりとした、オタクのような生徒が近づいてくる。足音を立てながら歩くのは癖なのだろうか、きゅ、きゅ、と音が足を踏み出すたびになっている。
「……………」
「……………」
小豆とその生徒が交差した時、小豆は眉を小さく動かした。
『気を付けろ』
既に生徒は曲がり角で姿を消している。軽く右ポケットに手を当てると、カサリ、と紙の音がした。
立ち止まりそうになる足を叱咤し前を向く。
屋上で少し乱れた髪を手櫛で整え、中指の腹で眼鏡のフレームを押し上げる。
(…最近の悪寒はそれかぁ…疫病神ついてるよね、疫病神っていうか神田?みたいな?。)
かさ、と紙を取り出し内容を確認する。
『毎度ご利用ありがとうございます、数日前猫田小豆様について依頼が申し込まれましたのでご報告をしておきます。近辺にご注意を。
問屋』
確認しおわると紙をびりびりに破き再びポケットに押し込む。
「っかしいな…俺は高いはずなんだけど」
立ち止まりそうになった足を叱咤して動かす。問屋の情報はたしかだ、もしかすると今も監視されているかもしれない。
高い金を払ってまでしたい事。
さらに高い金をぽん、と簡単に出せる奴。
「……あぁ嫌だねほんと」
ぽつりと呟いた声は廊下に響いた。
――同時刻
小豆が志摩につれていかれた後、教室は騒がしかった。小豆を可愛がる生徒は皆一様に眉をひそめ、志摩への苦言を吐き出す。
たしかにあの連れ出し方は少し見方がよろしくない。前の件からもそう日はたっていないから余計そうなのだろう。
「猫田君大丈夫かな」
「志摩に何かされなければいいけど…」
ふぅ、と心配そうにため息をつくファン仲間。
神田もずっとそわついているから今日も教室に居座る生徒会の奴らがいらついている。
哲平は教室の隅の席で窓の外を眺めながら鼻を鳴らした。
とんだ茶番だ、とでも言うようである。
(あほばっか…心配なのはむしろ志摩だろ…。)
小豆の事だから面倒だといって危害は加えていないだろうが、逆に志摩が小豆に危害を加えるという方が考えられない。
まして小豆が危害を加えるはずがない。
志摩は小豆のお気に入りなんだし。
頬杖をつきながら窓の外を眺めていると、ふいに目の前に手が置かれた。
あめ色の机に置かれたのは綺麗に筋の張った長い指が広がった。
「君、三山哲平君だよね」
「「きゃあああああっっ」」
その人物が誰か認識した生徒たちは悲鳴に近い歓声を上げる。右耳から左耳へダイレクトへ突き抜ける衝撃に思わず眉にしわが寄った。
目を細めて前を見る。
指通りのよさそうな髪、そして涼やかな目は副会長だ。
「っ吟!?」
驚いた神田が慌て近寄ってきた。予想外の行動だったのか、教室は一気にどよめきたった。
「そう、ですけど…」
怪訝に相手を見つめる俺に一瞬目を見開いた後、薄く副会長は笑った。
どこかねっとりとした視線のような気がして気持ちが悪い。
「猫田小豆君、どちらへいるのか、知りませんか?」
やはり、と感じる。生徒会のメンバーの中でもそろそろ小豆を認識しはじめ、その存在を疎ましく思い出しているという証拠だ。
「いや、知らないです。志摩に連れていかれたから…」
「幸助…何考えてんだろ」
しゅん、と頭をたらす神田を優しい手つきであやす副会長。これこそ本当の茶番だ。
大体あいつに危険が及ぶかもしれないのをわかっていて場所を教えるわけがない。そこまで俺は薄情ではないつもりだ。
「そう、ところで君…」
嫌に副会長の目が光ったように見えた。何かを含んだ声に嫌な予感がした。
――するり
「っ!?」
「三山君、待たせてごめんね」
「ネコタ!」
肩にするりと回った腕。
俺は顔をひくつかせながら上を見た。
「小豆…」