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「あー汚い」
はき捨てるような物言いに不良である赤井はすぐに反応するかと思われた。
だが肩を震わせるものの動く気配はない。
踏みつける足に力をこめ、体重をかけてみるがやはりピクリとも動かない。
もう少しでおろしたてのシャツに血がつくところだった、と額に浮かんだ冷や汗をぬぐう。血というものは案外落ちにくいものだということを理解している俺は無事に白いままのシャツに胸をなでおろした。
そんな少しの油断と気を逸らした一瞬、踏みつけていた足がぐぐっと持ち上げられた。
「っ!?」
靴底を一気に持ち上げ急な出来事に小豆はよろける。
「う、おっ!」
踏み付ける足を赤井は払うと立ち上がり俯いた。
ぼそぼそとぎりぎり聞き取れないような声量に眉をひそめる。
するどく感覚をとがらせ、耳に意識を集中して赤井の唇を見つめる。そして漸く聞き取れた。
「やべぇ…勃起しそう…」
「……………」
(…ん?…ん?今、うん?。)
生徒たちから恐れられている赤井からの言葉に瞬きが止まらない。
かろうじでだらだらと流れる滝のような汗が殆ど無いに等しい睫を伝い目に入るため、視界がぶれている。
見えなくていい事がぼやけて見える。なんてすばらしいことなのだろう。
荒い、熱のこもった息を吐きながら両手をわきわきとさせる赤井に俺は一歩、後ろに下がった。
なるほど、ズボンがテントを張っている。
ラリアットと肩を踏みにじられビンビンってどういう事だ。
「ま、まさか…マゾ…」
「…ふ、痛みを超越したといえ」
マゾだ!!マゾヒストだ!!痛めつけられることが好きな人だ!!
初めて対面する人種にたじろぐ小豆をじりじりと追い詰める赤井、という妙な構図が出来上がっている。先ほどと同じような状況だが唯一違うのは小豆の心境だ。
「赤井…君、僕は君を満足させてあげれるようなSじゃないんだ」
「いや、志摩さんへの言葉攻めに毒舌、腹黒さ、性悪さを合わせるとてめぇはSに間違いねぇ」
じょわわっと毛穴が膨らみ毛が逆立つ。
今まで感じた事のない悪寒が走り抜けた。
志摩に助けを求めようにも俺が昇天させてしまった。
(あれ、俺ってばひょっとして…ピンチ…?)
「責任とれや」
「すいまっせええん!!僕性癖の責任はとれないっていうかむしろそれはテメェが死んででも直せないことっていうかなんていうか…つまりぃ…僕にはそのチンコを手折るぐらいしか」
「…………………」
ハァハァハァハァハァハァハァハァハァハァハァハァハァハァハァハァ。
「やれよオオオ!!さあこれを手折れよオオオ!!」
(ヤベーよ多分先走りダラダラだよ!!。)
柄にもなくおろつく小豆に距離を詰めた赤井はフェンスに手をつき、腕の中に小豆を閉じ込めた。
近づく顔が整っているからか嫌悪感はさほどないが別の意味でなかなか危うい気がしてならない。
「素質あんぜ。ローソクでも鞭でも首輪でもコックリングでもばっちこいだ!!」
ばっちこいだ!!ばっちこいだ!!ばっちこいだ!!だーだーだー…。
――ガシャアアアン!!
スローモーションで崩れ落ちていった体が地面に叩きつけられないように、左手で思い切りフェンスを掴む。
「ほ、ほ…ほ、ほほほほほほ…」
ずれた眼鏡を中指の腹で押し上げる。
俺としたことが、少しばかり動揺してしまったようだ。
「おいこらなぁにやってんだよ、オタノシミはこれからじゃねーの?あん?」
力の抜けた腰が崩れたまま、中途半端な姿勢で止まる。ガシャン、と自分とは違う重みにフェンスが軋んだ。
影かかった目の前に、太陽を背にやけに黒く見える赤井の尖った八重歯が獰猛さを露にする。
「早く俺を喰えよ…喰わないなら俺が喰い尽すぞ」
ぷつり、とどこかが切れる気がした。
いや、哲平が乗り移ったに等しかったかもしれない。
「それが人にものを頼む言い方か?この馬鹿犬が」
「!!」
鋭い目が見開かれる。
「喰ってください、だろ?」
「テメェ…ははっ」
じわりと目の中ににじむ被虐の色に俺はクッと笑みを漏らす。引いていた腰を前に突き出し相手のネクタイを引き掴み、そして突き放す。
「俺の犬になりたいなら、まずマナーが…」
下から上までじっくりと見つめ、被虐的なその目に滲んだ欲望に人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべて鼻で笑ってやった。
「必要だな」
――グシャッ
「っ~ぐ~っぬっ…ぎっ…!!!」
絶妙な距離から加えられる脚力は潰すか潰さないかの瀬戸際の境を生み出す。
そう、小豆は鬼畜じみた笑顔から普段のへらりとした顔で蹴ってはならない場所を容赦なくけりあげたのだ。
「ぶははは!!バーカバーカ、面洗って出直してきやがれ馬鹿が!」
かろやかに赤井から離れた小豆はにたぁっ、と笑いながら赤井に指さした。
「っぐ…てめぇ本性丸…出しじゃねぇか」
股間を抑え若干涙目の赤井は呻く。
呻きはするがどうやら動けないようだ。それもそうだ、俺ならきっと失神してそのまま昇天しているに違いない。
「俺の皮はお前にばらされて剥がれるほど薄くねーぜ!!」
ケラケラと笑いながら階段を駆け下りていく小豆。その爽やかで快活とした背中に赤井は眉を寄せる。
「………くそ…志摩さんと…パンツどうしよう」
半べそをかきながら赤井はズボンの中を覗き、呟いた。