種を運ぶ男
あの一悶着あった後、気まずげな視線を飛ばしてくる志摩を涙ながら無視して、しょんぼりした顔をして見つめてくる神田を全力で存在を無視して授業を受けた。
志摩はな、いい奴だからいいけど神田は嫌だから。
神田にかける優しさならゴキブリにかける方がまだマシだわ。
しかし神田が転校してきて数日、よく見れば本当によくわかる生徒会の馬鹿さ加減。
休み時間になれば八重が来て、昼になりゃ生徒会の奴等が押し寄せてくる。毎度毎度リアクションをするこっちの身にもなってくれ、正直もう面倒臭い。なに毎回毎回目に涙を溜めながら柔らかくもない体無理やりくねらせて?
間接が痛いっつんだ。
テンションが段々と低くなっていく俺を見て見上君は神田の事を見て悲しんでいるんだ、なんてパーな勘違いをしているからいいけども、
なんてだるいんだ。
そしてなんて生徒会は馬鹿なんだ、神田がアッパラパーならあいつ等はアッパラパーのパーだ。
神田が転入してきてからの生徒会の壊れ方は聞いていたが恋は盲目とかもうそんなレベルじゃない。なんだか神田はハーレムを着実に広げていっているようだった。
Aクラスの奴等は生徒会メンバーはしょっちゅうBクラスに出没するからいい顔はしていない。
「凡クラのくせに生意気」だとささやかれているのは周知の事だ。
問題を起こさない規範になるべき存在が何男のケツおっかけまわしてんだって話である。
お前等頭いいから生徒会に選ばれたんだろ、少しは脳みそ活動させろよ馬鹿か。って馬鹿でした。
「ほんと、秋は可愛いね」
「秋は可愛いね、ほんと」
「可愛くねーよっ」
神田は頬を薄く桃色に染めながら反論する。
そんな神田の反応に頬を緩める双子書記、高菜梅&桜。
蜂蜜色の髪が柔らかく跳ねていてかっこ可愛いらしい。一卵性の双子は本当に瓜二つ、見分けなんてほとんど付かない。
だがそれを神田は見分けたらしい、だから気に入られた。
見分けてくれる奴なら誰でもいいなら志摩のがいい、きっといい嫁になる。
でもA型は怒ると怖いから、俺は勘弁。
まあ、あくまで噂なのだが。
「秋、んな奴等ほって部屋に来いよ。うーんといい事しよーぜ?」
「いー事?」
「おー、すっげぇイイ事」
「秋、バ会長の事は無視していいよ。綺麗な秋が穢れてしまうからね」
綺麗な金髪を掻揚げながらフフン、と笑う野生的な美しさがある男はこの学園一の男、生徒会長の敷島揚羽だ。そしてその会長を猫を追い払うようにシッシと言っているのが副会長の水城吟だ。
学園のツートップが凡クラに居る。これは本当に衝撃的なこと、らしい。
俺個人的には副会長が好みである。
名前と声が綺麗、あと性格が一番高ビーでプライドはエベレストより高い、隠れスネちゃまだから見ていて大変愉快だ。
「……うぜー…。」
わらわらわらわら砂糖に群がる蟻みたいに一々本当に鬱陶しい。
あまりの鬱陶しさに人知れずポツリと呟いた。瞬間、副会長の目が俺を捕らえる。
(げ…、えー…もうやだよーこれで目が合うの四回目だよー。)
動じる事もなく蕩けるような笑顔を見せる。
しかし他のファンと同じ態度をとっても視線は外れないしずれることもない。
(あ、あれ~……なんでこんな見られてんだ俺?)
いつかに感じたこの視線、あの時感じた悪寒がよみがえってきた。
俺の間違いでなければこうして視線が絡むのは四回目だ。しかもその目がまたこれえらく冷たいこと冷たいこと。
神田の肩においていた手をするりと前に回して抱きしめる。そして形のいい唇はゆるりと動き、口ぱくで言葉をつむいだ。
『ち、か、づ、く、な』
視線を絡めながら、冷たい目で。
最後ににっこりとまぶしいほど美しい笑顔を浮かべて視線をはずされる。
(…神田の野郎…あんにゃろ告口しやがったな…ったく…。)
これは警告だろうか。本当に勘違いでないのだとすればこれほど厄介な事はない。これからは極力神田と接触しないようにしなければ、それこそ本当に志摩の二の舞だ。
(でも警告なんかでどうこうなると思ってる所がおぼっちゃんだよなあ。)
警告?そんなんでこの俺がショックですぅ、なーんて。
なるわけねーじゃん。
神田が無理やりこちらへ来ることがなければまず俺から何かをするということはない。
しかしここでニヤッなんて笑い方をしてしまえば危ないので、傷ついた顔をしておいた。
しかしこれ、俺は自分の過ちに気付かなかった。
もし俺がねずみで水城が猫だとしよう、ならばここにはもう一人、虎がいたのだ。
その日、俺はたまたま屋上に志摩と居た。
なんで志摩かと聞かれれば…まぁなんだ、呼び出された。
突然思いつめた顔をした志摩に返事もする間もなく腕をつかまれて、屋上まで連れてこられた。
ぐんぐん、ぐんぐんスピードを上げて勢いよく屋上のドアを開け放った志摩はいつのまにか俺より後ろにいて、逆に俺が志摩を引っ張る形となった。
「はっ、はぁっはぁ」
激しく肩を上下させて喘ぐ志摩を傍目に平然としている俺。志摩はかがんだ状態で俺を見上げるとわけがわからないといった風に首を振った。
「なっんでっ息っ切れてない、んだ!?」
「まー…適度に運動はしてた、し?」
(俺がおかしいんじゃなくて志摩が運動音痴なだけ…っつったら怒るかな…。)
実は同じクラスだからこそわかることだが、志摩はとてつもない運動音痴だ。運動音痴というかもう運動神経がないんじゃないかと思われるほどの、どんくさい男だ。
じっとりとした志摩の視線に頬が引きつる。
「話、するんだろ?座りなよ、疲れてるみたいだし」
「え、、あ、うん」
軽く促すと幾分落ち着いたのか、ゆっくりと隣に座る志摩。
俺は特に何も思っておらずにボーッ、と空を眺めている。
沈黙の中を白い雲が流れる。会話らしい会話のない時間を過ぎていく中、志摩が時折気まずげに身じろぐ音だけが存在しているようだ。
「あの、さ」
「うん?」
「……この前、突き飛ばしたりしてごめんな」
他所を向いていた俺の裾を遠慮しながら掴む志摩は上目遣いだ。意図的ではないとわかるその天然な動きに思わず視界がくらりとした。
あれ、すいませんそれ無意識?無意識なの?
お人よしな志摩は俺を突き飛ばし、たんこぶを作らせた事を気にしていたようだ。
なんだ、チラチラ見てたのはそれが言いたかったのか。
「いいよ、驚いたけど。志摩が悩む事じゃないし」
「でも…」
「志摩は志摩の意見を述べただけだろう?僕は僕の意見を言っただけだ、それが合わなかったんだから仕方がないよ」
志摩は神田を守る、俺は神田を嫌う。
俺は志摩に合わせようとは思わないし志摩も俺の考えには同意はできない。クールな考え方だと思うかもしれないがお互いが嫌な思いをしなくていい、合理的な考えだ。
すらすらと話す俺を見つめる志摩。
(……ビー玉みたいな目で見られるとどうも自分が悪い奴に見えるのはなんでだろなー。)
副会長は穢れるとかどうとか言ってたけど。
下半身の管理がゆるゆるなお前等に汚いとか穢れとか言われたくないよね、俺は貞操観念ちゃんとあるからね。
「はぁ…うん、猫田はそんな奴だよ、そうだよ」
「どういう意味かな、それ」
深いため息をついた志摩は立てた膝に顔を埋めた。どこかすねたような表情でつぶやく志摩に俺は苦笑を浮かべた。
「猫田は…見せないもんな」
「ははっ言ってる意味がわからないよ」
「ほらそうやってはぐらかす。三山にしか見せないなんて、ずるい…なんて、餓鬼かっての…はは」
俺と同じように苦笑を浮かべながら肩をすくめる志摩に、俺は度の入っていない眼鏡を取りシャツのポケットに差し込んだ。普段眼鏡に隠れてそこまで存在感を見せない気だるげな目が露わになる。
「餓鬼でもいいんじゃない?だって、それが普通の感情なんだから」
「え?…でも…」
「志摩君の前にいる今の僕が僕なんだよ、どんな僕でも今の僕も僕自身でしょ?気にやむことなんて何もないんだよ」
しばらくポカン、と俺を見つめていた志摩は数回瞬きを繰り返すと突然、噴いた。
「くっ、あははは!!!ふはっあはは!!おっ俺っ猫田に口で勝てる気がしないよ」
「そう?それは褒め言葉としてとっていいのかな?」
「うん、褒めてんの」
なんだ、褒めてるのか。愛い奴め。
はー、と息を吐き出した志摩はダラーン、と足を放り投げた。