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エヴァリエンヌ第二妃の鬱憤

作者: 腹黒兎

テンプレ展開です。

 


 大陸の覇者たるパーゼル大帝を祖とするサンクトル帝国は今年でちょうど建国200年を迎える。

 その建国祭の最中、若きサンクトル皇帝イヴァン・アルト・ミュンヒの元に聖女が舞い降りた。



 聖女とは神の代行者。

 奇跡と言われる癒しの業で病気や怪我を治すといわれている。

 実際には制限はあるものの、快癒の見込みが無かった太后の病気を見事に治してしまった。

 茶色の髪に黒い瞳の聖女は、愛らしい顔立ちの異国風の少女だった。

 博愛で慈悲深くその奇跡の力で皇帝はたちまち聖女に夢中になった。

 病気を完治してもらった太后も二人の仲を認める動きを見せてくる。


 ここで問題になったのが、イヴァン皇帝の婚約者であるエヴァリエンヌ公爵令嬢の存在である。


 互いが10歳の時に婚約し、20歳になった皇帝と4ヶ月後に20歳になるエヴァリエンヌは建国祭に結婚する予定だった。だが、太后が病に侵され、結婚は1年後に延期となっていた。

 そんな時に聖女が降臨する。

 相思相愛の皇帝と聖女、難病を完治してもらった太后、聖女を崇める教会、そして様々な思惑の末、聖女が皇妃となる事が決まった。

 そして、エヴァリエンヌは皇妃ではなく第二妃として嫁ぐ事が決定した。


 それは、皇妃教育が間に合わない事や聖女の仕事がある事を盾に、皇妃政務の全てをエヴァリエンヌが肩代わりする為の措置であった。

 予定の1年を待たず、年が明けてすぐに皇帝は聖女と盛大な結婚式を挙げた。

 1週間後にエヴァリエンヌは神官から受け取った結婚証明書に署名だけをした。式もなく、皇帝の立ち合いも無いものであった。


 式も宣誓もなくとも一応は初夜。

 形ばかりの準備を終えて、自室の寝台に座るエヴァリエンヌはノックも無しにズカズカと入ってきた皇帝を驚いて見上げた。


「エヴァリエンヌ。私はレイカを愛している。故にお前を愛することも、抱くこともない」


 言いたい事だけを言い放ち、10年もの間婚約していた彼女を振り返る事なく荒々しく出て行った。

 エヴァリエンヌは乱暴に閉まった扉を見つめてため息を吐くと寝台に横になった。




 そして、嵐の様に2年の日々が流れた。

 エヴァリエンヌは今日も朝から朝儀に参加し各大臣から報告を受けて皇帝へ奏上の書類を作り、簡単に昼の食事を済ますと午後は自分の執務室で書類と向き合っていた。

 そこに前触れもなく突然聖女が現れる。

 何度言っても先触れを出す事を滅多にせず、ノックの返事も待たずに入室してくる。

 自由奔放で愛らしいところが良いと皇帝がその振る舞いを容認しているならば毎回お小言を言う事にも疲れてしまう。


「エヴァさん、聞いてください。イヴァンったら突然旅行に行こうとか言い出して、明日からメリナムって港町に行く事になっちゃったんですよ」


 トテトテと足音を立て、ポスンとソファに座って形ばかりの怒った表情で告げた内容にエヴァリエンヌは無言で眉を上げた。

 明日からとは初耳だ。侍従と近衛に確認を取らねばならない。そして、日数と人数によって随従の人数を決めなければならない。

 書類から顔を上げて端に控えた侍従と侍女に目線を送ると、心得ましたと礼をして退室する。

 その間も聖女レイカのおしゃべりは止まらない。


「この前イヴァンに海が見たいって言ったけど、すぐ行くなんて思わなかったから準備が足りないって言うとね、向こうで全て買えばいいとか言うの。勿体ないよね。でも、実際に準備してる時間ないし、仕方ないなぁって思うんだけど、エヴァさんはどう思う?」


 ここまでの間に言いたい事だらけだが、告げたところで彼女の耳にも脳にも正確に伝わる事がないのは経験から十分に理解している。


()()()()()の離宮ならば、相応の備えはございます。2泊程度の準備と服を詰めるだけならば然程時間は掛からないと思います」


 暗に買う必要はないと言ったが、やはりレイカは聞いてなかった。


「先月もすごく綺麗なドレスと大きなダイヤモンドのネックレスを買って貰ったし、申し訳ないと思うんだけど、イヴァンがどうしてもって言うから仕方ないよね」


 申し訳ないが、何が仕方ないのか理解出来ない。

 エヴァリエンヌは返事の代わりに書類に目を落とす。地方からの嘆願書を読んでいる方がまだマシな時間と言えよう。


「もう。エヴァさんっていっつも他人行儀な話し方するのね。私たちお友達でしょ?もっとフランクに話してよ」


 ほっぺを膨らませて上目遣いで可愛らしく睨んでくるレイカの言葉に、エヴァリエンヌはピタっと動きを止めた。

 見逃せない言葉があった。


 エヴァリエンヌは普段の無表情に輪をかけて冷え冷えとして無表情でレイカを見据える。


(わたくし)、貴方様とお友達になった覚えなどありませんわ」


 無機質な声音でそう告げると、レイカは目に涙を湛えて「エヴァさんがいつも一人だからお友達になってあげようとしただけなのに。そんな言い方するなんて、ひどい」と泣きながら部屋から出て行った。

 相変わらず鼻水も出さない泣き方は素晴らしい。彼女は聖女でなければ女優になれるのではないだろうか。


 入れ違いに戻ってきた侍従の報告を聞きながら、どこに確認と指示を出すか思案していると扉の外が煩くなってきた。

 とりあえず出来た分の指示書を侍従に渡すと同時に扉が乱暴に開く。

 やってきたのは予想通りの皇帝陛下であった。

 怒りも顕に、エヴァリエンヌの執務机を力強く叩く。


「なぜレイカを泣かせた」

「泣かせたつもりはございません。レイカ様が勝手に泣かれたのですわ」


 努めて冷静に返せば、左頬を平手で叩かれた。

 口の中を切ったのか鉄の味がする。ハンカチで口元を押さえて皇帝陛下を見上げれば、怒りの形相のままこちらを睨んでいる。


「何と言った。レイカに何と言ったのだ」

「恐れ多くも、私をお友達と仰るので訂正させて頂きました」

「レイカの優しい心を踏みにじったのかっ」

「恐れ多くも、と申し上げました。名ばかりの二妃である私に聖女様の友人は務まりませんわ」

「確かにな。お前の様な女にさえ優しさを向けるレイカの友にお前では力不足だな」


 悪態を吐いて出て行こうとする皇帝陛下にエヴァリエンヌは声をかけた。


「陛下。明日からご旅行と伺いましたが、執政はいかが致しますの?」


 問う声に舌打ちを返し「いつもの様に宰相と協力しお前が取り仕切れ。急用以外は呼び戻すな」と吐き捨てて出て行った。

 その背にエヴァリエンヌは「仰せのままに」と深々と礼を執った。




 大陸一の帝国の領土は広く、右側は大陸の上から下まで帝国領土であり全体的に崩れた台形のような形をしている。

 それ故に、北部では冬の冠雪や凍土で問題が起き、南部では水不足や砂漠化などの問題が毎年起きる。

 今年は長雨のせいで穀物地域の被害が報告されていた。

 救援物資と税の軽減が明日の議題に上る。その準備に忙しい中、またしても邪魔するようにレイカが大きなお腹を抱えてやってきた。


 処女を喪えば聖女の力も消える。

 その為、1年間は白い結婚を貫いた二人だが、約束の1年が過ぎたと同時に聖女はその力を失った。

 そして、皇后になった元聖女のレイカは妊娠8ヵ月目を迎えていた。


 安定期を乗り越えたレイカは幸せが隅まで詰まっているような福々とした体でエヴァリエンヌの執務室にやってきては、皇帝との惚気話を披露して帰っていく。

 ある程度の対処を心得たエヴァリエンヌは相槌の中に「まぁ素敵ですわね」「陛下の寵愛が目に見えるようですわ」と平坦な返事を織り交ぜる事にしている。

 そうすれば、茶菓子も出ない執務室に飽きて帰っていくからだ。

 今日も騒音の邪魔はあったものの、無事に仕事を終えたエヴァリエンヌは自室への帰り道で久々に皇帝陛下に出会(でくわ)した。

 進路を譲る為に脇に控えて礼を執るエヴァリエンヌの近くで皇帝陛下は歩を止めた。

 訝しむエヴァリエンヌに「今宵行くので準備をしておけ」と声がかかった。

 思わず眉間にシワを寄せたが、顔を上げると同時に表情を消した。


「恐れながら」

「なんだ」

「ご遠慮申し上げます」

「なんだと?」

「今宵はカンニガム侯爵夫妻のお招きにあずかっております」


 皇帝陛下は顔を歪めて「勝手にしろ」と吐き捨てて去って行った。

 エヴァリエンヌは無表情のままその背に礼を執り、自室へと歩き出した。




 皇妃レイカが夏の終わりに女の子を出産した。

 皇帝陛下も太后も大喜びで帝国はお祝いムードに包まれた。

 エヴァリエンヌもカードと共に祝いの品を贈ったが、代筆と分かる返事が届いただけだった。


 産後半年も過ぎた頃からまたしても皇帝陛下から夜の誘いを受けるようになった。

 仕事を盾にのらりくらりと躱しているが、いつまで続くのかとため息が漏れる。


 妊娠前よりもひと回り以上ふくよかになったレイカは子どもに夢中で、顔の肉がまた増えたのではないかと社交界でも噂になっている。

 対称的に、エヴァリエンヌは仕事の合間に護身術などで体を動かしている為、スタイルは抜群であり表情に乏しいとはいえ、その美貌は陰るどころか歳をとる毎に増しているようにも見える。


 皇帝陛下は皇妃よりも第二妃を寵愛しているのではないかと噂が流れ始めた頃に、ドスドスと音を鳴らして皇妃レイカが来客中にも関わらず無遠慮に入室してきた。


「エヴァさんっ!イヴァンを誘惑するなんて酷いですっ」


 客人がいるのも構わずに泣き叫ぶ皇妃に眉を顰めて侍女に視線をやれば一礼して出て行った。

 とりあえず客人に「申し訳ございません」と詫びれば軽い調子で「いいよ、いいよ。面白そうだし」と返された。

 それはそれで頭が痛い。


「もう!聞いてるんですか!?」


 と叫んだところに皇帝陛下が現れた。


「レイカ。一体、どうしたんだ」

「イヴァ〜ン、エヴァさんが、エヴァさんがぁ」


 怒鳴る皇帝陛下を味方に得たレイカはその胸に縋り付いて泣き始めた。

 相変わらず鼻水が一筋も垂れない見事な泣きっぷりだ。


「エヴァリエンヌ。どう言うつもりだ」

「陛下。来客中に先触れも無しに皇妃様がいらっしゃったのですわ、先ずはエドワード王子に謝罪を」


 言われて初めて室内に第三者がいる事に気がついた皇帝陛下は苦虫を噛み潰した顔をしたが、一瞬で表情を取り繕うと「お見苦しいところをお見せした」と謝罪ではない謝罪を口にした。

 眉根を寄せたエヴァリエンヌにエドワードは「大丈夫」と言うように、にこりと笑いかけた。


 エドワードは帝国の属国であるビセン王国の第二王子である。

 属国であるが自治権があり豊かな穀物地域を持つビセン王国は帝国の重要地域でもある。

 今回は去年の作物被害により非常措置で取られた税の軽減を戻す事と、今年の豊作の報告やお礼を兼ねて王子が出向いてくれたのである。

 もちろん皇帝陛下にはその旨を告げたが、いつもの様に処理をしておけとだけ告げられただけだった。


「エドワード王子。申し訳ございません」


 エヴァリエンヌの真っ直ぐな眼差しを受けて、エドワード王子は了承するように微笑み「構わないよ」と肯いた。

 エヴァリエンヌは王子に目礼を返すと、訝しむようにこちらを見ていた皇帝陛下と皇妃に向き直る。


「帝国の太陽。若き獅子の皇帝陛下に奏上する無礼をお許しください」


 正式な礼を優雅に執る。

 エドワード王子もいる手前、断って退室する訳にもいかず、皇帝陛下は「許す」と言うより他にない。


「ありがとうございます。多少の耳障りな言葉や苦言がございますが、公明正大にして寛大な陛下なれば一笑に伏して頂けると願っております」

「う、うむ。私は寛大だからな、多少の発言には目を瞑ろう。遠慮なく申すが良い」


 度量の大きさ見せようと胸を張り、大袈裟に肯いてみせる。

 エヴァリエンヌは姿勢を正し、目を閉じてゆっくりと一呼吸して目を開き、ひたりと皇帝陛下を見据えた。


「輝かしき帝国の希望たる皇帝陛下に申し上げます。

 陛下は私と書類の署名のみの結婚を済ませたその夜に『私はレイカを愛している。故にお前を愛することも、抱くこともない』とおっしゃいました」


 そこで一息つくと、皇帝陛下の告白に感極まった皇妃が満面の笑みでその腕にしなだれ掛かる。

 だが、エヴァリエンヌの次の言葉で、その表情は驚愕に変わった。


「陛下のお言葉は少なからず衝撃を受けたので、今でも覚えておりますわ。ですから解せませんの。何故、今になって私に伽を命じられるのか」

「イヴァン!どういう事よ!?」

「待てレイカ、誤解だ」

「誤解も何も『今宵渡るから準備しておけ』だの『慰めてやろうと言ってやっているのだろう』などと迷惑極まりないお言葉をくれたのは陛下にございます」

「エヴァリエンヌっ!何を…いや、なんだと、迷惑?」


 詰め寄る皇妃を宥めながらも、エヴァリエンヌの発言に皇帝陛下は驚いた。

 迷惑がっているとは全く思ってもいなかったのだろう。


「ええ、迷惑でございます。私、陛下をお慕いする気持ちなどノミ程も、砂一粒程もございませんので、今後はお止めください。なんですの、そのお顔は。まさか私が未だに陛下に心を残してるとでも思ってましたの?昔は親愛や敬愛がございましたが、結婚初日に砕け散ってクシュノー火山に投げ捨てましたわ。いくら容姿が良くても中身が汚物だと愛情など持てませんのよ?しかも、朝議はろくに出ない上に政務も放り出した事が何度あった事か。呆れて言葉もありませんわ。そして皇妃様」


 エヴァリエンヌの鋭い視線が自分に向いた事で、緊張に体を振るわせて詰っていた皇帝陛下の腕に縋る。


「幾度となく申して参りましたが、意味の分からぬ牽制や自慢話の為に訪れるのはお止めください。仕事の邪魔です。聖女の任を降りてお時間があるにも関わらず、ほとんど勉強もなさらず知識も教養もマナーもない。私が貴方様のお仕事全てを請負ってますのよ?それを理解する脳みそも察する思考能力もないなら、せめて私の視界に入らないで頂きたいのです。目障りですわ」


 告げられた内容に皇妃の顔が、羞恥か怒りか赤く染まった。


「何なの!何なのよ!イヴァンに愛されない可哀想な女のくせにっ。仕事しかできないくせに。誰にも相手にされないで可哀想だから私が構ってあげてたんじゃないのっ!」

「貴方様に構って頂くと精神的にも肉体的にも疲労が増しますので永久にご遠慮申し上げますわ」

「皇帝と皇妃に対して不敬だぞ、エヴァリエンヌ!」


「寛大って言ってたくせに」とエドワード王子が呟いたが綺麗に無視された。

 突如始まった愛憎劇を少し離れて観察している王子は観客の気分だ。

 どうすれば自国にとって有益かと、観劇後の段取りを考えながら見守る事にする。

 終幕が近い劇はエヴァリエンヌの独白が始まっていた。


「陛下と婚約していた10年間、私なりに努力して参りました。二妃に落とされた時はお恨みした事もありますが、今では感謝しておりますのよ?国の為、民の為に働く事に生き甲斐を感じております。ですから、陛下。私の邪魔をしないで頂きたいのです」


 そう言って美しく微笑むエヴァリエンヌを見て、悪寒が皇帝陛下の背中を伝い落ちた。

 さっきまでと違う威圧感が増してくる。


 これは誰だ。


 静かで大人しく影の様な女だと思っていた。

 皇妃から第二妃となった時もただ黙って受け入れていたあの女とは違う。

 無表情で静々と受け入れ、言われた事しかできない女だと思っていた。


 皇帝陛下はこの時になってようやくエヴァリエンヌをまともに見た。

 凛とした佇まい、決意に満ちた強い眼差し、溢れ出る存在感は皇妃よりも皇妃らしい。もしくはそれ以上。


 気圧される。

 その事実を認められず、皇帝陛下は部屋の外に控える衛士を呼びつけた。


「数々の暴言はもはや見過ごせぬ。衛兵。不敬罪でエヴァリエンヌを捕らえよ」


 しかし、入室した衛士は皇帝陛下の言葉に微動だにしない。


「何をしているっ!早く捕えよっ」


 怒鳴り立てても衛士は何も聞こえていないかの様にじっとしている。

 代わりに鈴を転がすような笑い声が聞こえた。


「陛下。無駄でございます。軍部も帝国政府も既に私の手中です」


 驚愕に見開かれた目にエヴァリエンヌはどのように映っているのか。

 少し愉快な気持ちになったせいか自然と笑顔が浮かぶ。


「皇妃様は産後の体調が思わしくないご様子。皇帝陛下におかれましては最愛の皇妃様のご様子に心を痛められ、自らご看病をなさるそうですわ。美談でございますわね。元聖女様のお陰で快癒された太后様もお子様と皇妃様の為に共にご看病を申し出たそうですわ」

「エヴァリエンヌ、何を言っている…」

「つきましては、ヒューズウェランの離宮をご用意させて頂きました。皇妃様の体調が悪化する前にお連れしてちょうだい」


 ヒューズウェランとは北西にある1年の約半分が雪と氷に閉ざされる町である。

 昔から皇族や貴族の幽閉の地として貴族の間では有名である。

 エヴァリエンヌが手を叩くと、衛士が皇帝陛下と皇妃の腕をガッチリと掴んだ。そして数人の近衛騎士が入室し暴れる二人を抱えるようにして連れ出そうとする。


「エヴァリエンヌ!こんな事をして只で済むと思っているのかっ!?」


 皇帝陛下の怒鳴り声に、エヴァリエンヌはそっと手を上げると二人を抱えた騎士たちの動きも止まった。


「もちろん只ではすみません。帝国の事は私が身を粉にして繁栄させていく所存ですのでご安心ください。では、陛下、皇妃様、もうお会いする事はございませんがどうぞお元気で」


 エヴァリエンヌは見惚れる程美しく微笑み、完璧な礼を披露した。

 そして、騎士たちによって連れ出された二人の怒鳴り声や喚き声が聞こえなくなるまで部屋の扉を見つめていた。


「さようなら」


 エドワード王子は悲しげな声を聞いた気がしたが、あまりにも小さかったので確信には至らなかった。





 サンクトル帝国 第十二代皇帝イヴァン・アルト・ミュンヒの在位はわずか6年であった。

 愛妻家であったイヴァン皇帝は皇妃の看病の為に太后と共に離宮へと移り住む。

 皇帝の代理として立ったのは第二妃のエヴァリエンヌ・フォン・イェスウトであった。

 翌年、肺炎を患い太后が死亡。

 その2年後に流行病によりイヴァン皇帝と皇妃、その娘が相次いで死亡。

 皇帝崩御による混乱は少なく、喪が明けた翌年エヴァリエンヌが皇帝に即位する。

 女帝エヴァリエンヌ一世の誕生である。

 奇しくも、200年前にサンクトル帝国に滅ぼされたガザニヤ王国の直系が返り咲く事となったのであった。



*終わり*




お読み頂き、ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 初めまして そりゃ政務をほっぽり出して諫言しただろう臣下を無視して、後宮で酒池肉林?外遊で贅沢三昧ならこうなりますよねw まさに傾国の美女の面目躍如 聖女が降臨した意味がこれとは 大体奇…
[一言] 愛されないからと言って泣くではなく、これぐらい強く生きないとね。
[一言] まずタイトルにひかれて、面白く拝読しました。 ざまぁ展開というやつですね。短くテンポよくまとまっていたのでストレスなく読めました。 皇帝だけでなく太后も相当なお花畑だったんでしょうね。残念親…
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