第二話:お嬢様王都へ
帰り道、アンビルはぷりぷり怒る。
「お父様が悪いのよ。進学せず、花嫁修行しろだなんて。」
この世界では16歳で働き始める者も多いが、進学してさらに高等教育を受ける者も多い。アンビルは進学したいが、父アレムに反対されている。
「今時、進学もせず花嫁修行だなんて、時代遅れもいいところだわ。」
「旦那様の気持ちもわかってあげて下さい。お嬢様の事が心配なんですよ。」
「それはわかるけど、王都なんだから安全だし、寮に入るんだから問題ないでしょ。」
「旦那様も奥様を亡くされて、お嬢様の事が心配で心配でしょうがないんですよ。」
「むう、お母様の話を持ち出すのはずるいわ。」
「まあまあ、屋敷に帰ってからゆっくり話しましょう。」
この国の名はエルノイア王国、周辺の国々の中でも大きく豊かな国で、軍事的にも強国と言えるだろう。
王都であるピズニーには、狭き門で知られるエルノイア王立高等学術院がある。一学年僅か60名、四学年で240名しか在籍しないエリート中のエリートの為の学校である。
受験資格は推薦によるが、試験内容は9名の試験官を納得させるという、一風変わった形式となっている。それまでに培った成果を見せて判断を仰ぐのだ。それは剣でも魔法でも研究成果でも何でもいい。
偏りなく優秀な人材を求めている王国の希望の結実だ。王国だけでなく世界に名を轟かせる者を何人も輩出している。
卒業した後は希望すれば王国の何処かの部署で働く事も出来るが、引く手あまたでそれ以外にも道はあり、まあ、ここを卒業すれば勝ち組になれると言うことだ。
「推薦ならもうすでに頂いております。試験を受けなければ推薦して頂いた先生方に失礼ですわ。」
アンビルは屋敷に帰って父の書斎に飛び込むなり捲し立てた。父アレムは今年45歳になるが、頭髪がグレーの割りに見た目は若く見え、細身だが筋肉がついており、ぱっと見、冒険者か貴族にみえる。
鋭い眼光と妥協を許さない性格から鷹と異名をつけられて久しい。
「そんなこと言ったってアンビル~、パパさみしいじゃないか~」王国一の規模を誇るアーレム商会の代表とは思えない情けない声だ。
「もう、お父様は過保護すぎます。私はもう立派な大人なんですから。」アンビルは抱き枕を愛用しており、紙芝居が大好きだった。
「だって~、アンビルにもしもの事があったらパパ死んじゃうよ~」アレムは過去、農民達の窮状をその身を賭して直訴し、王より直接慈悲を賜り多くの農民を救った人物である。
「失礼致します、代表。西方のハビタ村で水害が発生し、かなりの範囲に被害が出ている模様です。」
「なに、すぐに物資を送れ。人手もいるな。雇ってでもかき集めろ。いつも通りだ、後はお前に任す。わかったな。」
「承知致しました。」
走って出ていく番頭のサミエルを見送り、
「パパも王都に行こっかな~、アンビルの事が心配だからな~」上目遣いの使い方が間違っているパパ。
「パパ、怒るわよ。」アンビルがパパと呼んだら危ない。危険水域一歩手前である。
「わ、わかってるよ~、パパもお仕事があるし、言ってみただけだよ~」有事の際に物資、資金を惜しまず、国より早く支援の手を差し伸べるアーレム商会は国中で尊敬されており、その名は他国にも響きわたっている。
「お父様はご自分のすべき事をして下さい。私は王都に行って勉強して参ります。勉学に勤しみ、知見を広げてまいりますわ。」
「アンビル~、立派になって~パパは嬉しいんだか寂しいんだか困ってしまうよ~」今のアーレム商会の礎は、幼い頃のアンビルの助言によるものだが今は置いておく。
結局王都へ行って試験を受ける事となった。アレムに娘の願いを拒否することなど出来ないので当たり前である。
出発の日は、自室から馬車まで、アーレム商会の従業員の手による人のアーチをくぐり、全員から声をかけられる。父アレムも途中にいたが、よく聞こえなかったのでスルーしておく。
私立カーメルン学園、アレムの屋敷のあるイーシトン市にある学校の一つだ。王都に次ぐ大きさのイーシトンにはいくつかの学校があるが、その中でも比較的に小さな学校である。
自宅を出てまず、学園に出立の挨拶に寄る。
「それでは先生方、行って参ります。」
校長室には二人の年輩の女性がいる。
「行っていらっしゃい、アンビル。無事に合格出来る事をお祈りしていますよ。」
「ありがとうございます。先生方もどうかお元気で。」
丁寧に挨拶して帰って行ったアンビルを見送って、ほんの少しだけ感傷的になって思わず呟く。
「ちょっと心配ですよねえ。」担任のエルサ。
「そうねえ、私達も最初は戸惑いましたものねえ。」校長のマニクス。
「だって、教える事が何もないんですからねえ。」
「魔法なんてあまりに完璧過ぎて、失敗の仕方とか指導してましたからねえ。」
「だって、あのままだったら、他人のプライドをへし折りまくって、いつか刃傷沙汰になりかねませんもの。」
「私考えたんですけど、天使のような悪魔ってあの娘のようなんじゃないかなって。天使の姿で天使の行い、だけど結果は悪魔の所業、みたいだったじゃないですか。」
「あら、私は逆ですよ。悪魔のような天使って彼女みたいじゃないかしら。悪魔にしか見えない、悪魔の所業を行う天使なんて、悪魔と何か違うのかしら。天使なんだろうけど。」
この二人の会話はあまりに核心を突いているが、このまま本人達にも忘れ去られてしまう。
「狼さ~ん、どこですか~」森の手前から大きな声で呼んでみる。「居ないのかしら?やっぱり野生の生き物ですもの、約束とか難しいのかしら。」勿論、マッドウルフは動物などではなく魔物である。
「ウオオオオン!」と、森の奥から物凄い勢いでマッドウルフ達が駆けてくる。
牙をむき必死の形相だけれども、一糸乱れぬ綺麗な一直線で走ってくる姿は、統率された軍用犬を彷彿とさせる。
「狼さん、よかった、また会えて。」
アンビルの無邪気な笑顔にマッドウルフ達は恐怖する。理由などない。恐いのだ。ただ恐いのだ。
訓練された警察犬のように伏せて上目遣いのマッドウルフ達。単に怯えているだけである。
機嫌を損ねたらどうなるか、想像すら出来なかった。
「私はこれからあの馬車で王都に勉強しに行きますの。せっかくお友達になれたのにお別れなんて残念だわ。」
最高だ自由だヒャッハーだ。内心あまりに浮かれて耳がピンと立ち、自然と尻尾が振れる。
「それで、良かったら王都の近くの森に引っ越ししてもらえないかしら。家とか無いから引っ越しするのも簡単でしょう?」
自由になるのかと思えばなんて事言いだしやがる、付いてこいだと!ずっと側にいるのか?
それだけで充分、死ぬより恐ろしい。尻尾が硬直した。
くそお、家か!家さえあれば・・とか考えたが拒否出来る筈もなく黙って従うだけである。
「では王都の近く、ヘイゼルの森で会いましょう。道中、人とか家畜とかを襲ったりしてはいけませんよ。みつからないように魔物とか食べながら来てくださいね。」
難易度上げやがった!笑いながらなんて事言いやがる。
悪魔だ、こいつ絶対悪魔だ!・・とか考えたが逆らうぐらいなら魔物に殺された方が数倍ましな気がして黙って従う事にする。マッドウルフ達はクレバーになっていた。
「やっと王都に着きましたわね。少々退屈しましたが無事に着いて良かったですわ。」
アンビルは今までに何度か王都には来たことがあったので、10日間に4回襲撃を受けたが旅は退屈だった。
「とりあえずアーレム商会へ行きましょう。」ロランに声をかける。
「わかりました。このまま向かいます。」
さすがに王都ともなれば人が多い。このまま馬車で向かった方が安全である。
「王都に来ると、どうしてもお母様を思い出してしまうわ。しっかりしなきゃ。」
窓の外を見ながらつぶやくアンビルに「大丈夫ですよ、お嬢様。奥様もきっと見守っていて下さいますよ。」
お付きのメイドのティファラが声をかける。少し吊った目が冷静な印象を与え、なんか秘書っぽい美人だ。眼鏡が良く似合っているが伊達である。
アンビルと並ぶと金髪の編み込みと褐色の肌が真逆の印象で、お互いを引き立てあう。
「そうね、私がんばるわ。まずは試験に合格しなきゃ。」
和やかムードの馬車は王都を進んで行く。
ありとあらゆる何でもアリのこの世界、当然、ありとあらゆる事が起きるのだが、まだまだ平和であった。
タイトルが・・