第一話:お嬢様森へ行く
書き貯め分投稿です。
森へ向かうその娘は本当に可憐で美しかった。
まるで作り物のような白い肌、くりくりと大きな瞳、少し高めの鼻と、桜色の小振りな唇。
髪は漆黒を思わせる黒で、肩甲骨の下くらいまでサラサラと伸びている。何故か不自然なほどキューティクルの光の輪が見てとれる。薄暗い森の中なのに不思議な程だ。
手足はほっそりとして、一見して華奢としか言い様がない。
「やっと巻いたわね。たまには一人になりたいって言ってるのに。守りたいって何からなのかしら、イミフだわ。」
その娘は一人でぶつぶつ言いながらどんどん森へと入っていく。
「先月16歳になったんだから、少し位自由にさせて欲しいものだわ。」
この世界は何でもアリだ。剣も魔法もあるし、魔物もいる。ドラゴンもいるし天使と悪魔も存在するらしい。
当然、森の中で一人になるなんて自殺行為もいいところで、
「ガアウウウウウワアウッ!!」
いつの間にやら狼の魔物マッドウルフ達に囲まれている。名前の通りイカれている。死ぬことなど恐れずに襲ってくるためパーティーで戦っても被害が出る事が多い。
「あら、狼さんたちね。こんにちは。」
平然と挨拶しているが、五匹のマッドウルフに囲まれて童話の様に語りかける姿は、どこか狂って見える。
「ガアアアアッッ、アッ?」
おかしい、何故だ。マッドウルフ達は思った。これ以上近付けば死ぬと。死ぬ事に恐怖は感じていないはずだ。何故?
いや、違う。おそらくだが死ぬよりひどい目に合う気がするのだ。恐い。ただ恐いとしか言いようがない。
魔物と化して初めて感じる恐怖。死より恐ろしい恐怖。身動きが出来なかった。
「ちょうど良かったわ。誰かに聞いてもらいたかったの。お父様ったらひどいのよ。こないだも勝手に決めて、私の話なんて全然聞いてくれないんですもの。」
一人でどんどん話し始めた。
『何言ってんだ、コイツ』
マッドウルフ達の素直な気持ちだった。
本来人間の言葉なんて全くわからないのに、この娘の言うことは何故か分かる、理解が出来る。
それ故になぜその話を今するのだ!まさに知ったことか!
とは思うが、本当に恐ろしく黙って拝聴する以外何も出来なかった。
どれくらい経っただろうか、ひとしきり愚痴を言った娘は落ち着いてきたようだ。
マッドウルフ達はその場に伏せ、顎を地面につけて見上げている。正直、お小遣いの話は自業自得だろと思いながら。
「それで、あなた方はこんな所で何をしていたの?」
親孝行の為に狩りを少々。1匹、洒落た大嘘を思いつくが勿論言えない。
「私、提案があるの。良かったらお友達になってくださらない?私、あんまり動物に好かれた事がなくて、こんな近くで動物とお話しするの初めてなの。」
動物かっ!いや、終わった。選択肢などない。恐いから。
友達って何なんだ、手下か、飼い主になるのか。
「お嬢~様~どこですか~」
「アンビルお嬢様~どこですか~」
複数の足音がする。おそらく冒険者のパーティーだろう。
マッドウルフ達は身構えたいが許可なくそんなことをしたらどうなるか、とりあえず考える事を放棄した。
「ここよ、ここにいるわ。」
「やっと見つけましたよ。危ないじゃないですか、一人で森へ入るなんて。襲われでもウオッ!何ですかコイツら、狼ですか?」
マッドウルフ達に気付いて声をあげる従者兼御者のロラン。小柄で細身の大人しそうな独身者だが、髭が似合っている。魔法が得意。
「違いますぜ。コイツらは多分マッドウルフだ。狂暴で正にマッドって名が相応しい奴らでさあ。」盗賊で弓の名手コルト。長身で細い。坊主頭だが帽子を愛用している。
『・・。』
伏せて上目遣いでこちらをみるマッドウルフ達は若干可愛いく見えるが、体長は1.5メートル程あり、素手で対峙すれば人間には勝ち目がない魔物だ。が、今は只の図体の大きな犬みたいだ。
「大丈夫です。その子達はお友達です。」
「そんな、お嬢様、まさかマッドウルフをテイムしたんですかい?」戦士でリーダーのイルキだ。金髪ムッキムキだが性格が細かい。
「そんな話聞いた事ないわよ。マッドと名のつく魔物は特に狂暴で生け捕りすら難しいはずよ。」魔法使いのメリー。短い赤髪に細身、狐顔でこのパーティーでは最も好戦的である。
「テイムとか分かりませんけど、お友達です。」
「いや、宣言されても。」ソイル、戦士。このパーティーのバランサー。リアルイケメン。メリーと仲良くケンカする。
さらにアンビルお付きのメイド、ティファラを加えて通称アンビル守り隊、アーレム商会に所属し、王国でも屈指のパーティーである。
「まあまあ、とにかく一旦お屋敷へ帰りましょう。暗くなる前に帰らないと何があるかわかりませんから。」ロランがまとめて、屋敷に帰る事になった。
「私達今日からお友達でしょう?ですからあなた達もこの近くに居て欲しいの。」
後でこっそり逃げればいいかと思うがお友達と宣言されて逃げたらどうなるか、考えるだけで恐ろしい。もはやマッドウルフ達に否やはない。
「では、またいつか。」アンビルは花のほころぶような笑顔でマッドウルフ達に別れを告げ歩き去る。
残念ながらマッドウルフ達はその万人を魅了する笑顔に戦慄し、その場で上目遣いのまま失禁して動けなかった。
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