『彼』(アドラ視点)
“助けて”と。私が呼んだら、彼が来た。
黒い髪。蒼い瞳。可愛い顔立ちの、少年。
彼の手には、錆びた剣が握られている。
・・・なんで、こんな子が死んでしまったのだろう?
そして、私のせいでまた死んでしまうのか?
確かに、“助けて”と言ったのは私だ。でも。
死にたくない、というエゴのせいで。私に呼ばれたから、という理由のせいで。
彼が。争いに無縁そうな彼がまた死んでしまうのか?オークに嬲り殺されてしまうのか?
・・・そんなの耐えられない。出来れば助けたい。
あと少し。あと少しでも【マナ】を溜められれば。
溜めた少しを、使ってしまったことが、悔やまれる。私が死なないために使った力。
そのせいで、また私が苦しんでいる。
少し時間を稼いでくれれば、と思っていたのに。
死んで欲しくない。オークが倒せれば。転移が出来れば。・・・最悪、私が体を使って・・・。
だが、そんな私の未来は裏切られた。
そんな未来はない、と。させない、やらせないと。そういうかのように。
彼はオーク達を倒していった。
錆びた剣で。【スキル】もなく。俊敏な動きで。
倒れそうになっても、殴られても止まることがない。
その時の私は知らなかった。彼が【スキル】を使わなかった、使えなかったことを。そんな状態でも、オークを倒すことが出来た、彼の努力を。
気付いたら、【マナ】が溜まっていた。転移の分も、攻撃の分も。代わり、とでも言うように彼がボロボロだ。
急いで、急いでミリの所へ行かないと。
「ありがとう。本当に。・・・【持ち去る手】」
もう、オークの末路なんか見ずに彼に駆け寄る。
何か言っている。
「僕、の、ことは・・・無為な、死、って、切り捨、ててくれ・・・れば、い、いから。」
「だから、君は・・・生きて。」
もう、助けられる。君を失うことはない。だから、そんなこと言わないで。
「ちょっと!起きて!・・・私が、私のせいだ。・・・【求める手】、転移」
見馴れた閃光が網膜を焼いた、と思ったら、私の城の医務室にいた。
・・・城といっても、ここと食堂、私室、大広間くらいしかないけれど。
「あ、王様。お帰りですー。って、どうしたですか、その人!?血塗れじゃないですか!?その人渡して出ていくです!治ったら呼びますから!」
部屋を追い出される。・・・ミリに預けたら、安心した。私のせいだけど、彼をまた死なせる事はなかった。
安心したら、思考に余裕が出来た。
・・・知りたい。彼のことが知りたい。何故、死んでしまったのか。これからどうしたいのか。他にも、もっと。
「そうか。これが、」
恋なのかも。
(・・・私ってチョロいのかな。)
でも、さっきの彼は、かっこよかった。
初めてだったのだ。私を守ってくれた誰かは。それも、命をかけてまで。
どうしよう。彼のことが気になる。
欲しくなるくらいに。一生側にいて、私を助けてほしくなるくらいに。
でも。
(彼のこれからを決めるのは彼自身だから。)
彼の意思を操る事は出来る。私が蘇生させたのだ。
だけど、それはしたくない。
仮にやるとしても最後だ。あぁ、でも。私を選んでくれたら。
「いいなぁ。」
その無意識に甘くなってしまった呟きは、空に溶けて、消えていった。