彼女の『手』
説明回です。
「・・・お見苦しいところを、お見せしました。」
「いいよ。気にしないで。君も大変だったのでしょう?」
顔を赤らめる。
考えてみれば、初対面に近い人に『殺してください』と頼んだあげく、自身のエゴで『助けて。』と、ほざき。更にはドレスを涙で汚してしまった。どう考えても、印象は最悪だろう。
そこで、話題を転換するように女性が咳払いをする。
「んんっ。そういえば、自己紹介をしていなかったね。」
そういえば、そうだ。
「私からしようかー。」
「私は、アビス・ドラゴニュート。先代、になるのかは知らないけど、【邪神】だった。
名はないから・・・アドラ。アドラとでも呼んで。」
・・・何となく予想していた。
翼の生えていた、今代の【邪神】。
一般とから逸脱した、禍々しく、強力な、『手』の力。
【亜人】にはいないはずの、『王様』という
呼称。
やはり、そうだった。彼女は・・・。
「おや?あまり驚かないねー?」
ニヤニヤと笑いながら問いかけてくる、【邪神】。
「・・・いや、まぁ何となく予想していたので。」
「フフフ。そうかい。・・・うと・・・欲し・・・なー。」
後半が、よく聞き取れなかった。まぁ、声が小さかったから、関係ないことだろう。
「で、君の名前は?」
「僕は、ミルドと言います。」
「・・・それだけかい?」
「えぇ。」
余り、自分の事は言いたくない。
思い出すから。痛みを。辛さを。孤独を。
「ふーん。そう。」
【邪神】、アドラ様は、少々不機嫌らしい。
・・・何かしたかな。
「まぁ、いいや。率直にいこう。」
「君、死のうとしたね?」
「まぁ、はい。」
隠すことでもないので、正直に答える。
「私の能力は、『手』を創り出して、操ることができる、というものなんだー。自身の回復が出来ない、とか、『コア』、力の源のようなものなんだけど、それに【マナ】溜めとかないといけないとか、制約はあるけどねー。」
「例えば、魂だけを奪い取り、自分の力の糧にしたりとか、空間座標を手繰り寄せて、転移したりとか。」
「例えば、」
「死後一時間以内の死体を蘇らせて、使役したりとか。」
・・・なるほど。
「・・・そこで、何か不遇の事態に陥った貴女が、僕を使役した、と。」
「・・・アドラ。」
「え?」
「ア、アドラと呼んでくれないかなー?敬語もやめてよ。むず痒い。」
・・・シリアスな雰囲気潰した、この人。
「・・・分かったよ。アドラ。」
それでも従うけど。考えてみれば、敬語で取り繕っても恥さらしてたから意味はもうない。
・・・ただの癖のようなものだ。
「それで、アドラが僕を呼んだ、っていうことでいいんだね?」
「そうだねー。昨晩は、ようやく感知能力がまともに回復したから、【英雄】達に吹き飛ばされた『コア』を回収しに行ったんだ。」
「そして、オークの群れと出会っちゃってー。」
「体は回復してたんだけど、【マナ】は回復してなくてね。」
「あの状況で唯一使えた【魂を掴む手】。それを使ったら、君が来てしまった、ということなんだよねぇ。」
「・・・そう、か。」
大まかな事情は理解した。
「じゃあ、次は・・・」
その言葉に、咄嗟に身構えてしまう。
どんな言葉が来るか、大体理解してしまった。
「君の死んだ理由、とやらを聞いてもいいかな?」
やはり。
再度、脳によぎる、レーナの顔。兄の顔。周りの人々の顔。あの日々。不味い食事。
そして、・・・裏切り。
「『殺してください』、なんて頼むほどの理由なんだよね?君は、どうして「言わないと、」
「言わないと、いけないの?」
人に話したくもない、失敗した人生。たとえお世話になる人でも、言いたくなんて、ない。
真反対の声をあげる『本心』は、どこかにあるのかもしれない。・・・だけど。
また、『仮面』を被る。一人の僕の。さっきのは、何かの間違いだ。気のせいだ。忘れよう。
そうして、生きていく。自分を騙してでも。
彼女も、【邪神】も、拒絶すれば、もう聞いてこないだろう。
・・・そう、思っていたのに。
「うん。言わないとダメ。だって、」
「君の『本心』が、望んでる。君の過去を、誰かに知ってもらえることを。求めてる。温かさを。・・・でも、君の口から聞くのは、君にとっても酷だろうから。」
「【透過の手】」
アドラの翼から、『手』が伸びてくる。
今までの黒とは違う、向こう側が透けて見える無色透明。辛うじて、そこにある事しか認識できない。
その『手』に頭を掴まれると、僕は、急速に眠気がやって来るのを感じた。
(多分、寝たら過去が暴かれる。)
そう、分かっているけど抗えない眠気。
人に知られる惨めさと、無理矢理暴こうとした【邪神】に対する怒り、そして、心の何処かで確かにある・・・安堵感。
それらを背景に、僕は瞼を閉じた。