変化と希望と絶望の日々
13才の時のこと。
やはりレーナと兄くらいしか、頼れる人がいなかった時のこと。
兄とレーナの右目に、変な紋様が浮かんだ。
兄の目には、恐らく『剣』を模したもの、
レーナの目には、恐らく『杖』を模したものが浮かんでいた。
この時の僕は知らなかった。
それが、絶望の始まりだったことに。
教会の神父様に、二人が聞きに行ったら
『【救世の証】だ・・・。』と、大層ビックリした顔で言われたらしい。
そこからは、とても速かった。
兄は【英雄】として。レーナは【魔帝】として。
【聖女】様と呼ばれていた、恐らく第一王女様であろう人に、“【邪神】討伐”とやらに連れていかれる事になってしまった。
兄にぴったりな、【英雄】。レーナのイメージに、何となく合っている【魔帝】。
(・・・あぁ、やっぱりか。)
そう、思った。
(レーナと僕なんかじゃ、釣り合わなかったんだ。)
あぁ、でも。
(レーナと兄。【英雄】と【魔帝】。・・・お似合いなんじゃないかな。)
そういう諦観と。
やっぱり。
(レーナが好きだ。せめて告白くらいは。)
そういう、未練の様なもの。
その2つが思考を占めていた。
それでも、答えは出なくて。
出発前日の夜になってしまっていた。
僕は、レーナを呼び出していた。
場所は、村が見える高台。そこくらいしか、思い付かなかった。
「ミルー?居るー?」
レーナが来た。心臓の音が聞こえてくる。
「居るよ。」
「話があるんだっけ?どうしたの?」
伝えたい。伝えなければ、ならない。
「レーナ。君が好きだ。初めて会ったときからずっと。僕と結婚してほしい。」
(あぁ。言ってしまった。)
レーナが息を飲んだのが分かった。
今から、彼女は村を出ていくうえに、相手は救世の勇者。こちらは、只の村人ですらもないダメ人間。叶うはずがない。
それでも、回りだした口は止まらない。
「今から行かないといけないのに。、今から結婚?、私を支えられるの? ・・・そんなことを考えているかもしれない。」
「でも、頑張るから。君が、帰ってくるまでには、僕は、「いいよ。」「・・・え?」
月明かりに照らされた、幻想的な彼女が言う。
「私も、あなたが好き。私が帰ってきたら、しよ。結婚。」
「・・・そう。あり、がとう。」
こんなに、簡単に。僕の初恋は実ってしまった。約束は交わされてしまった。
そう、僕は安心してしまった。
完全に決まってもいなかったのに。
いくらでも、可能性はあったのに。
翌朝、レーナが旅立った。
僕は、働くことにした。
いつか、帰ってくるレーナのために。
そして、僕の地獄の日々が始まった。
相も変わらずの暴行。
それでも必死に働く。体が痛くても。
彼女が居なくて、心が痛くても。
誰よりも必死に働いた。
それでも、あり得ない程少ない給金。他の人の半分もない。
それでも、村から離れることは出来ないから。彼女は、いつ帰ってくるか分からないから。
仕方がない、と割りきって働く。
ご飯も、自分で作る。その辺の草と、池で捕った、薄い毒のある、小さい魚。僅かな調味料で味付けをして。こんなものを焼いて食べるしか、無かった。
合間の時間に剣を振る。鉄の錆びた剣。相場で買った筈の、不良品。それでも、文句を言わずに振る。
少しでも、強く。少しでも、速く。
少しでも、彼女や兄に近づけるように。
どれも、【器用貧乏】のお陰で、出来た。ただし、最低限だが。
それでも、この時だけは、【スキル】に死ぬほど感謝した。