過去の面影
・・・はい。すいません。
サボりました。今後はペース戻します。
しばらくして、ミリが泣き止んだ。
「もうミリは大丈夫ですー。」
とのことなので、早く帰ることにした。
ミリの顔は羞恥からか真っ赤で、でもどこか幸せそうにはにかんでいて・・・。
不意にその顔が過去の影と重なる。
紅い髪。蒼い瞳。整った顔立ち。
・・・もう、変わったと思っていた。
もう、捨てきれたと思っていた。
でも、無理だった。出来なかった。
憧れだった。生きる意味だった。初恋だった。会いたかった。それでも会えなかった。
無力に嘆いて、非力に喚いて、諦観に侵されても待っていた。それでも、なんて渇望していた。
長く永い時間を、数日で捨て去ることなんて出来なかったんだ。
だから、視てしまったんだろう。
彼女の。レーナの面影を。
あぁ。会いたいわけじゃない。ただ、空虚な感情が胸を支配していく。白い布が黒く染まるように、ムラもなく、ジワジワと。
心がまた凍てついていく。今は、もう知ってしまっている。それがとても辛いことだ、と。
また、一人になる、と。
でも「ささ、ミルドさん、着きましたですよー!」
ミリの声で我にかえる。
「・・・そうだね。」
頭がグチャグチャしている。気付いたら、アドラの城(?)だった。
「お!お帰り・・・二人ともどうかした?」
僕が言わないと。そう思うのに口が動かない。
結局、一番辛いであろう本人がいってしまう。
「お母さんと会いましたですー。」
「っ!そう、それで?」
「ミルドさんが助けてくれましたー!」
「そう。それで、どうするの?」
「お母さんなんていなかった。それでいいですー。」
「分かった。で、ミルド。」
「・・・なに?」
「ありがとう。ミリを助けてくれて。」
「・・・あぁ、うん。」
思考が未だ纏まらない。考えたいこと。考えたくないこと。忘れたいこと。大切なこと。
それらがグルグルと頭を回る。
周りの声が聞こえにくい。正しく返答出来てるだろうか。
「・・・ミルド?」
「・・・うん?なに、アドラ。」
「・・・違うね。これは。」
ガンッと。体が浮いて、壁に背中が押し付けられる。周りをみると、純黒の『手』。
そして、彼女自身の右手で顎をすくわれていた。
「・・・ミリ。少し話があるから外して。」
「・・・分かったですー。」
その会話の間も、アドラは僕から目を離さない。僕も離せなかった。
「さて。何があったの?また思い出した?誰かに会った?君がそんな泣きそうな顔してたのは、『村』に関するときだけだよ。」
「何を見たの?レーナとかいう女?あの『英雄』?・・・君は今、誰を想っているの?」
あぁ。アドラが少し怖い。触れないでほしいのに、触れてくれる。前にもされた、優しい尋問。
無意識か、僕の口は語りだす。
「・・・ミリを見てたんだ。可愛いな、って。そしたら、ミリがレーナに見えたんだ。夕暮れ。帰り道。夕日に照らされて微笑んでいたレーナに。あの時の彼女に。」
「幸せだった。楽しかった。だから我慢できてた。でも、『あの時』から。何かが消えたんだ。埋まってくれない何かが。」
話してて理解する。空虚に染まったんじゃない。反らしていたモノに、向き合ったんだ。メッキを剥がして、向き合った。その結果が今の状況だ。
「ねぇ、アドラ。」
不思議と、涙がこぼれる。悲しいわけでも、辛いわけでもないのに。
「お願いがあるんだ。」
「僕に、くれない?」
「僕が欲しいモノを。埋まる何かを。弱い僕でも、得られる何かを。」
「勿論だよ。」
気づけば、アドラの顔が目の前にあった。そして唇にある、温かい感触。
その口付けは、儀式のようで、誓いのようで、束縛のような、狂愛的で、甘美で、逃げが許されない。そんなキスだ。
一分だろうか。五分?一時間かもしれない。深く長かった口付け。
それが終わった。
「私は、君の隣にいる。君がいたい限り、いたくなくなっても。もう、離さない。」
「だから、君も、私を離さないで。」
・・・これでいいのかな。そんなことを思わなくもない。完全に捨てきるには、まだ時間がかかるだろう。
でも、アドラがいれば、いつかは変われそうな気がする。
・・・あぁ。もし、これが。この一瞬が。夢なのだとしたら。「覚めないでほしいなぁ。」
小さい、小さい呟き。それは、キスの余韻に浸っていたアドラには、聞こえなかったらしく。静かに宙空に溶けていった。




