貴女のモノに
目を開ける。
気を失う前と変わらない、白い部屋。
立ったまま、失神していたみたいだ。
「・・・私は。」
変わらず目の前にいた【邪神】が。・・・いや、アドラが話し出す。
「私は、中途半端な同情なんてしない、したくない。・・・だから、責任をとらせて。」
「君を、知ってしまった、生き返らせてしまった、使役してしまった責任を。」
・・・やはり、僕の過去を知ってしまったのだろう。産まれた時から失敗していた人生を。
でも、もう怒りはない。失せてしまった。
彼女も、見せてくれたから。
彼女の、失敗した人生を。
下手な言葉より、雄弁に語る光景を。
それに、何処か安堵している自分もいる。
気を失う前に感じた安堵感。それは、あながち正しかったみたいだ。
誰にも知られず、朽ちていく。
そうならず良かったと、思っている『本心』が確かにある。
だから。
「ありがとう。」
「・・・え?」
彼女に感謝を。彼女に、二度も救われたから。
「助けてくれてありがとう。知ってくれてありがとう。見せてくれてありがとう。受け入れてくれてありがとう。」
「・・・君が、そう望んでいたから。」
「でも、僕は強くないから。貴女に迷惑をかけるだけだから。」
彼女に命を。彼女は、僕を知ってくれたから。
「・・・また、死のうとするのかい?」
「だから、こんな無力な少年で良ければ。」
「貴女様のお好きなように。アドラ様。」
彼女に全てを、捧げよう。そう思った。
要らないかもしれないけれど、せめて、捨てられるまでは。
「ッ!き、君は、本当にっ!そういうところが・・・!」
赤面して、口をパクパクしているアドラ。
心臓が跳ねる。可愛い。不意にそう思った。
・・・レーナにも、そう思ったことは無かったのに。
「んんっ。つまり、これからよろしく!っていうことでいいんだねー?」
誤魔化すように、アドラが尋ねてくる。
「貴女が。・・・アドラが、そう、望むなら。」
「・・・わかった。」
視界が、暗く染まる。柔らかい。
恐らく、また抱き締められたのだろう。
「フフフ。これで君は、もう私のモノだねー?・・・もう、誰にも渡さない。傷つけさせないよ、君をー。【英雄】にも。レーナとやらにも。」
抱きすくめられながら、囁かれる。
あぁ。それは、なんて・・・理想的なことだろう。彼女の迷惑にはなってしまうけれど。
・・・あ。
僕、【英雄】の弟だ。今更、思い出した。
「ア、アドラ。その、僕・・・。」
「ん?どうかしたのかい?」
「その、【英雄】の・・・」
それだけで、捨てられてもおかしくない。
彼女に捨てられるなら仕方ないが、それが理由なのは、さすがにあんまりだ。
「・・・君は、君だよ。関係ない。」
察して、断言してくれる、アドラ。
「二度と、あの村のことは思い出さなくていい。」
僕の背中にまわっている手の力が、より強くなった。
「ずっと、私のことだけ、考えてくれていればいい。」
そんな、少々狂的な発言にも首肯してしまう僕は、もう駄目なのかもしれない。
(でも、もうこれでいいや。)
未だ抱きすくめられながら、僕は目を閉じた。
・・・自分でも信じられないが、レーナに裏切られて、恐らくまだ二日目のことだ。




