第1章 レオン
病室を後にするレオンを見送ったレイナは、枕をギュッと抱きしめた。
「…お兄様。可愛いです」
おそらく寝ぼけていたのだろう。
何故なら今は12月であり、入学式はまだまだ先である。
「きっと、入学式の打ち合わせという事でしょうね」
一人言のように呟くレイナ。
「…ふふふ。お兄様」
手術の後だというのに、ちっともそんな事を気にしないレイナ。それもそのはずであり、何故手術をする必要があるのかとか、手術結果をレイナは知らなかった。
あの兄が大丈夫だと言っているのだから、何も心配する必要は無い。
枕を首元に置き、毛布を深く被り直す。
レイナの表情は、とても幸せそうであった。
病院を後にしたレオンは駅まで帰る道中、自販機をジッと見つめるジャンヌを見かけた。
「ジャンヌ!」
思わず大きな声でジャンヌを呼んでしまうレオン。夜中に出すには近所迷惑な声量であった。
「私に会えて嬉しいのは分かるが、近所迷惑だぞレオン」
「…ち、違う」
ジャンヌにそう指摘され、ようやくレオンは大きな声だった事を自覚する。
「…何か飲みたいのか?」
恥ずかしかったからか、話題をすり替えるレオン。ポケットから財布を取り出し、せめてものお礼がしたいという理由も一応あった。
「いや、私は考え事をしていただけだ」
「考え事?」
「そうだ。知っているかレオン。その昔、おでんが食べられたのだ」
「…何を言っている。今だって食べられるじゃないか」
「違う、違う。自販機で販売されていたのだ」
自販機を指差し、真剣な表情でそう告げるジャンヌ。
「私は、おでんをどうやって食べていたかを気にしていた所なのだ」
両腕を組みながらそんな事を言うジャンヌに、思わず吹き出してしまうレオン。
「どうやっても何も、食べ物とはお箸で食べるものじゃないか」
そんな事を言うレオンに対し、ジャンヌは失笑で答えた。
「ふふふ。なぁレオン。自販機にお箸があると思うか?」
「…お箸ぐらい、直接缶に取りつければいいのでは?」
「はっはは。自販機の構造を知らないなレオン。お箸など取り付けてしまっては、中の方で缶が詰まってしまうではないか」
「む…ならば小銭を取り出す所に置いてだな…嫌、それだと衛生面で問題が…しかし、手で食べる事などあり得るのか…」
負けず嫌いなんだなと、ジャンヌはレオンを見ながらそう考えていた。
やはり人間とは面白い生き物だ。