表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
風の鳥と炎の地  作者: かるい可章
第一章
6/6

記憶の無い男

短い

初めは翠玉(エメラルド)かと思った。


すぐに違う、と打ち消した。そんな無機質な色ではない、もっと柔らかくて草木が芽吹くような活力に溢れた、若草色の緑の瞳。日に透けて金にも見える豊かな明るい茶髪は風に稲穂のように靡いていた。


──絶対助かる。大丈夫。


生命力の化身のような少女。

その唇が放つ言葉は暖かい火を男の胸に灯す。

握られた掌が火焔鼠(かえんねずみ)の革手袋越しだというのに──熱い。





▲▲▲


「本当に記憶がないのか」

山小屋の裏口に立てられた便所(トイレ)から出ると、頑健な身体つきの老人がじろりと男を睨んでいた。

男──名無し(アクリ)は無言で頷いた。

どこから来たか、何者なのか。自分の事がわからない。

鏡を見ていないので、自分の目と髪が本当に赤いのかすらわからないのだ。

炎の民(ファイラ・ルナ)──誇り高き赤い民族。そんな自覚は沸かなかった。あるのは本の中の知識のような客観的な情報のみ。

(俺が炎の民?)

冷たい風が、短い髪を撫でていく。

心も冷えていくようだった。

覚えていない。何も、わからない。

豆だらけの手は炎の民が乗りこなすと言われている火食い鳥火食い鳥(カクイドリ)の手綱を握って出来たものなのだろうが、男には火食い鳥が恐ろしい火を吹く怪鳥──という知識しか残っていなかった。

確かなのは目の前の老人の隠そうともしない敵意だけ。

老人が背後に隠し持っていたナイフをアクリの首に当てる。その眼光のように鋭く磨がれたナイフ。首が簡単に落とせそうだ。

()()()()来たんだな?」

「……なに?」

()()

妙な問いだ。老人の試すような言葉に反応できない。思い当たる事は空っぽの記憶には何もなかった。少女が昨日教えてくれた自分の言葉を反芻する。


──風の民狩りが始まる。


記憶に無いその言葉。老人の問いは、なにか関係があるのだろうか?

(鳥──……。)

「……知らない。なにもわからない」

正直に答えるしかない。

「……そうか」

老人はナイフを引いた。殺す気は初めから無かったのはわかっていた。


あの娘がいる。


山々の間にぽっかり作られた小さな居住空間ではアクリを殺したことを、娘に隠しようもない。

──絶対助ける。か……。

柔らかく、苛烈な光を灯す意思の強そうなあの瞳。

(裏切れやしねぇだろうよ爺さん)

「いいか。俺の孫には近づくな」

(おっと)

考えていることがわかったのだろうか。

アクリは口の端を上げて挑発する。

「娘から近づいてきた場合は?」

恐ろしい目で睨まれる。この老人は、本当に人を殺した事があるのだろう。

あの娘とは似ても似つかない鉄鉱石(てっこうせき)のような冷たいダークグレーの瞳。

「殺す」

芸の無い脅しだ。アクリは笑った。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ