4. 手当て
行き当たりばったりなので文量が増えたり減ったり。次は話を進めたい
「なんじゃいシオ、急に呼び出すとは!とうとう貴様、くたばったのかと思ったわ」
シオ爺が伝書梟を飛ばしてからほどなくして──巨大な漆塗りの薬箱を大きな闇蛇に乗せやって来たのは神出鬼没の医師・ヤヴじーちゃんだった。
「ふん、順序でいったらヤヴ、貴様が先だろ化け物ジジイ」
「五年ぶりの再会がそれとは!坊主は相変わらず可愛げの無い!やあ嬢ちゃん大きくなったの。育ての親は反面教師じゃぞ~」
じーちゃんを乗せた闇蛇の温度の無い目が私を捉え、真っ黒い舌をチラチラさせてシューと鳴いた。からかわれている気がする。
(うぅ、怖い)
私はシオ爺の後ろに隠れて頭だけ下げる。
「どれどれ。なんじゃ!大したこと無い怪我で呼びおってからに!!」
ヤヴじーちゃんは闇蛇からひょいと降りお兄さんの怪我を見ると残念そうな声を出した。
「止血も消毒もしておる。フン。本当に大してやることがないの」
闇蛇から薬箱をおろすと何種類か生薬を取り出しすり鉢でごりごり擦る。そこにトロ、と唾液を垂らしてまた擦るとドロリとした緑の薬ができた。ヤヴじーちゃんはお兄さんの頭に巻かれた私のスカーフをとると、その薬を刷毛で掬い、ペタペタと傷口に塗る。覆葉を傷口の大きさに合わせ契って蓋をし、その上から包帯を巻いてあっという間に手当てを終えた。
「目に見えん頭の芯のことはどうしようもないからの。祈れ、祈れ。ほれシオ。運ばんか。なるべく揺らさんようにな」
シオ爺が顔をしかめてお兄さんをお姫様抱っこで運んでいる間にヤヴじーさんは「ほい次」と跳ねるように火喰い鳥の元へ行き「こっちの方が重症じゃわい!餓死寸前!」と前歯の無い笑顔でシューシュー楽しそうに笑った。
「お嬢ちゃん、もっと薪を持ってきて火を焚いとくれ」
「はい」
私が薪を運んでいる間に、ヤヴじーちゃんは躰の傷を診ていた。私が塗っておいた薬を指で掬いぺろりと舐める。
「教えた通りの調合じゃのう。よしよし」
シミだらけの枯れ木のような手でわしわし頭を撫でられる。シオ爺にはされないので少し照れ臭い。
「そう、尾っぽのほうにも火をの。草に気をつけよ」
「はい」
火喰い鳥を囲むように火を焚き付ける。するとぐったりとしていた火喰い鳥がクカカ、と目を覚ました。
「クロべえ頼んだゾ」
闇蛇は火喰い鳥の体にぬらりと黒光りする肢体を巻き付けた。
(うわ…)
火喰い鳥は弱った躰で懸命に嘴をカチカチ鳴らし、鉤爪がガリガリ地面を掻くが、そんなささやかな抵抗など意に介さず闇蛇は火喰い鳥の嘴が天を向くよう赤銅色の長い首を固定すると、うわぁ~!長い牙をズブリとその首に突き刺した!!
(痛い痛い!!)
クカーッと火喰い鳥が驚いたように一声上げるがすぐに力尽きたようにぐったりとする。
「ひー…じっくり見ちゃった…好奇心の馬鹿…」
私が蛇が苦手になったの、絶対闇蛇のせいなんだよなぁ。
「軽い麻酔じゃ。暴れられたら困るからの。上を向かせるのは万が一火を吹いたときの草への引火防止の為じゃ」
ヤヴじーちゃんは火のついた薪を一本持ったまま火喰い鳥の身体をよじ登ると、力の抜けた嘴をぱかんと開かせぽいっと投げ入れる。赤銅色の羽に覆われた喉が飲み込む動きをした。
「大体五十本ぐらいかの。火のついた薪を食らわせれば、とりあえず餓死は防げる」
闇蛇が薪を尻尾で器用に持ち上げじーちゃんに次々渡す。火喰い鳥は巣立ち前の雛のように素直に口を開けて次に来る薪を今か今かと待っているようだった。
「この程度なら三日ほど寝て過ごすくらいで火を吹いたり身体を動かす為のエネルギーにするにはちと足らん。本来溶岩や焼いた肉を食わせればいいんじゃがそれじゃと元気になりすぎる。暴れられたら手がつけられんからの」
最後の五十本目をポイと放り込みヤヴじーちゃんはぴょーいと飛び降りた。どう見てもシオ爺より歳上なのに身軽だ。
ほわ、と火喰い鳥から熱が伝わってくる。良かった。少し元気になったようだ。
「動物は専門外じゃ。炎の民が起きたら聞いてみたらよかろ。どれ、お代は──」
「野兎の干し肉と肝の塩漬け、セゼリの実、ケルカ草で足りる?クロべえには蛙卵酒」
セゼリの実もケルカ草も様々な薬効がある。じーちゃんの仕事に欠かせない薬の原料だ。蛙卵酒は闇蛇の大好物。
「良い良い。ショボい仕事のわりには過ぎた礼じゃの」
シューッと笑ってヤヴ爺さんは「ついでにシオの珈琲を頂けると嬉しいんじゃがネ」と愛嬌たっぷりに首をかしげ、一杯飲むとすぐに闇蛇に乗って帰っていった。自由だ。
その晩、寝室のベッドをお兄さんが一つ占拠しているので私はシオ爺と共に眠っていた。零距離で聞く鼾はうるさい。眠れなくてゴロゴロしていると、隣のベッドでお兄さんが呻き声を上げ始めた。鼾のせいか?
私はシオ爺を起こさないようにそっとベッドを抜けて近寄る。
「大丈夫?」
汗をかいてフウフウ息をするお兄さんは苦しそうだ。額に手を当てると少し熱がある。
「ちょっと待ってて」
桶に水をくみ濡らした布で拭いてやるとうっすら目が開かれてしばらく視線をさ迷わせた。
「ここは…?」
窓からはいる月明かりに紅玉の瞳が濡れたように光る。ああ、やっぱりきれい。
「カタラとミヤカの国境にある山の中だよ。水のんで」
コップに入れた水を差し出すとごくごくと飲み干してお兄さんは小さく息をついた。
「……カタラとミヤカの国境に人が住んでるなんて知らなかった。村があるのか?」
「…昔変わり者のじーさんが勝手に小屋を立てちゃってね。その人が口の固い知り合いにだけ場所を教えて招いてたりしてたんだけど三年前死んじゃったから、その知り合いの旅人達が持ち回りで管理するようになったの。秘密基地みたいなもん」
「そうか…お前達、風の民か。国に縛られず自由に生きるという…」
「そう呼ばれてる。そんな気楽なもんでもないけど」
彼は紅玉の瞳でじっと天井を見つめた。シオ爺の鼾と苦しげなお兄さんの息だけが寝室に響く。
「逃げろ」
「──え?いっ…てててててっ痛い痛い!」
お兄さんが急に私の手首を掴んできた。すごい力!
「なっなにっ!?」
「今すぐここから逃げろ──どこか大国に居を構えて暮らせ」
「え!?」
間近に見る炎の民の瞳は、ほの暗い光を宿し紅玉というより血の色のようでゾッと背筋が冷えた。
「逃げろ──風の民狩りが始まる」
「どういう…お兄さん?」
お兄さんは呻いて目を閉じてしまった。声をかけても完全に寝入ってしまったようで返事がない。
「ええ…?うっそ、せめて手、離してよぉ…」
怪我人の手を振り払うのも気が引けて、私は手首を捕まれたままベッドの側に座り込んだ。
お兄さんの真剣な声が耳から離れない。
──今すぐ逃げろ。
──風の民狩りが始まる。
どういうこと?
「へっくしゅ!!!」
──さ、寒い!!