1. 前夜
初投稿です。
0話なのであらすじで少しネタバレしちゃっていますが読んでいただけたらとてもハッピーです。
(そろそろ寝なきゃな…)
粗末なベッドに寝そべる少女──シナトは既に寝入った祖父の鼾が響く小屋で、眠気の訪れる気配のない大きく柔らかな若草色の瞳にランプの光を映しながら、ペラリと本の頁を捲る。長い指の先はささくれており爪は短く磨かれていなかった。十四の娘らしくないその手は明日の早朝から野稲を刈る。
祖父──シオの朝は早い。太陽よりも早く起きてシナトを叩き起こすだろう。野稲刈りは文字通り「朝飯前」の仕事なのだ。
「寝なきゃあ…でももうちょい…もうちょっと…」
本嫌いの祖父は小説など買ってくれなかったがこの小屋には持ち回りで入れ替わる住人が置いていった小説や伝記が何冊もあった。そのうち、特にお気に入りのこの本はもう暗記出来るくらい読み込んでいる。それでも、シナトは今から読む頁を何度読んでもその少年のようにすっきりとした頬を紅潮させ胸が高鳴るのを抑えることができなかった。
『北の空を雷が裂いた。
それが始まりだった。
地響きののち山中で眠っていた火喰い鳥が山々から吹き出す溶岩と共に鉛色の空へ飛び出した。
言い伝え上の魔獣であるはずのそれが、人の笑い声に似た声で甲高く鳴き逃げ惑う生きとし生けるものを喰らい遊ぶように焼き殺す。
血と炎で赤く染まる光景はまさにこの世の地獄であった。
涙で火を消すことなどできない。
人々は己の無力さに、無意味な涙をただただ流し続けた。
七日に渡って燃やし尽くされ灰が雪のように白く降り積もった故郷を多くの人々が去り、それでも故郷を捨てられないと残った少数は火喰い鳥に怯えながら祈るように灰を掘り続けた。奇跡的に無事だった農作物の種子を見つけて土を耕し蒔いて、焼けた木の中で蒸し焼きになった幼虫を食らう。
彼らは理不尽にいつまでも涙を流しはしなかった。
男達は怒りと憎しみを込めて我が物顔で空を飛び回る火喰い鳥を命懸けで捕らえ首をはね吹き出た血を水のように飲み、肉を活力とした。効率よく仕留めるための罠を編み出し、火喰い鳥をどうにか家畜化出来ないかと試行錯誤をした。さらに火山による地震の影響で地表に隆起したしなやかさと強靭さを兼ね備えた最高級の鋼、紅玉鋼の塊を加工して素晴らしい武具を作り出し、火喰い鳥の背に乗って空を飛び他所で商売をするようになる。
小さな村が再構されると、女達は子を産むようになった。産まれた子供は皆燃えるような赤髪と紅玉のような虹彩を持っていた。赤髪赤目の子供は村ぐるみで大切に育てられた。怒りを宿したような深紅の姿を持つ子供は神がかって美しい。だが、村の外の人々はそうは思わなかった。
──気味が悪い。なんだその血濡れたような姿は!!
赤い子供はよそへ行けば石を投げられ唾を吐きかけられる。
──呪われた地の、呪われた血を継ぐ子供!!
泣く子を抱き締める村人達の悲しみがまた、怒りに変わった。
──違う。
──これは、誇りだ。
──この髪はこの目は、先祖代々の地を見捨て無かった我等の証なのだ。
父と母は我が子に、そして自分に言い聞かせる。
──逃げ出した臆病者共が誇り高き我が子等に何を言う。我等は魔獣を従え、その血肉を喰らい、調伏し、天駆ける者!
紅玉鋼を天地から与えられた選ばれた民!
誇れ!
その炎のような髪を、紅玉のような瞳を、何より身体に流れるその赤い血を!!
恐れよ!
我等はファイラ・ルナ!燃え盛る炎の民なり!!』
「かぁ~っこいい~!」
シナトは『せかいのむかしばなし─Ⅰ』を閉じて枕元に置いた。
炎の民
風の向くまま移動して行商をしながらふらふら生活しているシナト達のような人々が風の民と呼ばれるようになったのとは全く違う。自らそう名乗る誇り高い深紅を纏う人々。
火喰い鳥に乗って空を飛ぶ彼らを何度か遠目に見ている。青い空を鮮やかな赤が火矢のように飛んで行く姿に憧れた。
「いつか友達になれたらいいな」
シナトは首からぶら下げ肌身離さず持ち歩いている木笛をきゅう、と握る。彼女と親友とを繋ぐ、大切な絆だった。
「おまえもそう思う?」
小屋の窓をガタガタと風が揺らす。シナトは小さく笑うと外に向かって「おやすみ」と声をかけランプの火を消した。