act05 テラス席での食事にはご注意を
リアヌス共和国の首都セントラル。
中央広場の時計塔を中心に石畳の敷かれた道路が放射線状に広がっている。道路脇には赤茶色のレンガ造りの建物が並び、規則正しく植えられた木が気持ちよさそうに風になびいている。
そんな穏やかな昼下がり、道路にまで漏れ聞こえる溜め息があった。
「はあぁぁぁ」
非番の昼、普段ならウキウキしながら休みの日を満喫しているのに、今日はどうにもそんな気分になれない。
BF第02小隊の若手リュード・ラックは、行きつけの食事所のテラス席でテーブルに突っ伏していた。
気分が沈んでいる原因はわかっている。
昨日の登山訓練だ。
自分の前を歩いていたシイナ・レイン大尉が、僅か15分足らずで下山したという事実を聞かされたからだ。その他諸先輩方も自分よりも早い時間で下山していた。
BF入ってからというもの、本当に力の無さを痛感させられる。
俺は本当にこのままBFにいていいんだろうか。
「真っ昼間から、こんなとこで寝てるなんて暇な奴だな」
至極冷静な声に顔を上げれば、レンガと同じ赤茶色の髪をした青年が、無表情で自分を見下ろしていた。いつも怒っているような雰囲気の無表情なのだが、それが標準装備ということはつい最近知ったばかりだ。
「ゼンさん、今の俺はガラスのハートなんで優しく扱って下さい」
「めんどくさい奴だな」
そう言いつつリュードの前の席に座り、ゼンはいくつか注文をする。少しもしないうちに飲み物が運ばれて来た。
ガラスのジョッキに並々と注がれた琥珀色の液体。
「昼間っからいいんすか」
「非番だからな」
先輩からのお誘いとあれば、リュードは良く冷えたビールをごくごくと喉を鳴らしながら飲み込んだ。
「で、なんでそんなに凹んでるんだ?」
ゼンがそう尋ねると、待ってましたと言わんばかりの勢いで食い付いてきた。
「聞いてくださいよ、ゼンさん!」
酒を飲み若干赤くなった頬で詰めよってくるリュードに、ゼンは引きぎみで頷いた。
「BFは化け物の集まりっすよ!俺だってそれなりにやれる奴だって思ってたのに、第02小隊に入ってから、自分がしょぼく思えて仕方ないんすよぉ」
ビール一杯で酔いが回ったのか、リュードは机をバンバン叩きながら力説する。
こんなに酒弱かったか?と思いながらも、ゼンはさりげなく水をリュードの手元に置いた。
「まぁそれは、あれだ、実際しょぼいんだからしょうがないだろ」
もう少しオブラートに包もうかと思ったゼンだったが、目の前の面倒さい男の為に気を使うのもどうかと思い、ど直球に言い放った。
「ゼ、ゼンさんの鬼ー!悪魔ー!どうせ俺なんて羽虫以下のゴミくずですよぉー」
結果、もっと面倒くさいことになった。というか泣き上戸かよ、と内心突っ込みながらゼンは頭を掻く。
「あーでもな、隊長さん達は別格としても、うちの第02小隊は有望株が多いのは事実だよ」
ゼンもまだBFに入って二年目の若輩者だ。緒先輩方は皆良いお手本であり目標だ。
「実力No1の呼び声高いリヌさん然り、心技体抜けてるガーディン兄弟然り、女性で唯一第02小隊に入ってるシイナさん然り」
シイナの名前を出した瞬間、リュードの眉間に皺が寄った。なるほどそこかと、ゼンは納得した。
「リュード、お前さ、シイナさんに負けたことイコール女に負けた、男なのに情けねぇ。とか思うのは止めろよ」
ゼンの言葉にギクリと反応するリュードは、まさにそう思ってしまっていたのだろう。
「“リィ”だから“ヒト”だから、男だから女だから、なんてことは関係ない。ここは清々しいまでに実力主義だぞ」
そう言い切り、自分もビールを飲もうとしたゼンの手が止まる。
これじゃあ、お前には実力がないと駄目押ししたような言い方になってしまったんじゃないか。やっちまったかと、リュードに視線を映せば、俯きジョッキを握る手がぷるぷる震えている。
はぁっとゼンがため息をついた瞬間、リュードはガバッと勢いよく顔を上げた。
「そーっすよね!!BFは実力主義っすもんね!俺が入れたのは実力っすよねー!」
そこかよっと突っ込むゼンを無視して、リュードは盛り上がっていく。
「そもそも皆、化け物みたいな実力を持ってるんだから、入りたての俺なんてヒヨコっすよね!ヒヨコ、ピヨピヨー」
あーもー面倒くせぇ、と適当に相づちをするゼンの視界に、ずんずんと近付いてくる人影が入った。
あ、と思ったのも束の間、騒ぐリュードの頭に手刀が落とされた。
「ぐげぇっ!?」
突然の衝撃に潰れた蛙のような声を出したリュードだったがすぐに、誰だよっと振り向く。
「なっ」
目に映った我が隊の隊長殿の姿にみるみる青ざめて、酔いが覚めていく。
「公衆の面前で騒ぐな、ど阿呆がっ」
リュードに向けられていたシスの紺碧の瞳が、ぱっとゼンに向く。
「ゼン、お前も面倒くさがらないで止めろ、阿呆」
「はいっ、すいませんっ」
反射的に立ち上がり姿勢を正すゼンに、リュードもつられて起立した。
「あー、いい、座れ」
非番の日に隊長に会うとは……なんとも言えない気持ちの二人を他所にシスは同じテーブルにつき、あろうことか注文しだした。しかもその量が半端ではない。軽く十人前はありそうだ。
「あの、隊長」
「なんだ?」
そんなに食べれませんとは言えない空気に、ゼンは言葉を詰まらせる。先ほどまで饒舌だったリュードも借りてきた猫のように静まり返っている。
「あー、隊長がゼンとリュードいじめてる」
重たい空気を一声で晴らしたのは、買い物袋を持ったシイナだった。左右に同じ第02小隊のガーディン兄弟の姿もある。三人で買い物をしていたらしい。
「いじめてない。いいから、お前らも昼飯食っていけ」
「さっすが、隊長!ゴチになります!」
「ゴチです!」
「失礼します」
シスの勧めに、まずガーディン兄弟の兄ラドリカが揚々と座り、その隣にシイナが腰掛けた。弟のルドリオは足りなくなった椅子を他から持ってきて座った。
隊長が来たと思ったら話に上がっていた先輩達も一気に来て、リュードとゼンは固まるしかなかった。
「なんだなんだぁ、昼間っから野郎二人で酒飲むとか寂しい奴らだなぁ」
ガーディン兄ラドリカが、流れるように全員分の酒を注文して、早速リュードとゼンに目を向ける。
「はは、いや、自分もたまたまリュードに会いまして、ね」
兄ラドリカは中性的な顔に金色のウェーブがかかったような髪型が特徴的で、線の細い体つきをしている。が、一番はなんと言っても喋る。喋るのが好きなのだ。沈黙に耐えられないタイプらしい。
「リュード、お前も辛気臭い顔しよってからに!元気を出せ!元気を!」
リュードに酒を勧めようとするラドリカをゼンが慌てて止める。これ以上被害を拡大させてはいけない。
「ゼン、リュードご飯きた、食べろ」
ゼンの前の皿にどんどんっと肉やらパスタやらが積み重ねられた。ガーディン兄弟の弟ルドリオの手によるものだ。
弟ルドリオは兄ラドリカとは打って変わって物静かなタイプだ。同じ金色の髪は短く刈られて爽やかに、中性的な顔立ちの兄とはまた違い男らしい無骨な感じで、背も高くがっしりとしている。そして何より食べる。その量が半端じゃない。リュードも否応無しに山盛りの皿と格闘している。
「はは、なんか平和ですね」
そう言って微笑む紅一点。
シイナにとっては平和で穏やかな光景に見えるかもしれないが、端から見るとなかなか絵図である。
山盛りの料理を必死の形相で咀嚼する二人、酒をガバガバ飲み喋る金髪ウェーブ。恐ろしい速さで皿を開けていく金髪刈り込み。
「なんの買い物してきたんだ?」
シスがなんの気なしに目があったシイナに尋ねる。
「プライベートなんで」
シイナにばっさり切り捨てられて、シスの周りの空気が淀んだことをゼンとリュードは後々語る。
めっちゃ怖かった。
それを平然と無視するシイナさんとガーディン兄弟がまた更に怖かったと。
俺、頑張れるかな。
そう呟いたリュードの肩をゼンは力強く叩いた。