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RIYーリィー  作者: カザ
序章
3/14

02


「ジィン!ベガクタンの方からいくつもの悲鳴が上がってる!」


「シィ、早く火を消せっ」


 シイナのただ事じゃない様子に、ジィンはすぐに戦闘態勢を整えると、ヨウラを起こしに行った。

 ベガクタンは罪人の大人達がオアシスに作った集落の一つだ。無秩序に暴力が蔓延る場所だが、それなりの人数が住まっている。シイナ達の寝床から一番近い集落でもある。そこで尋常ではない騒ぎが起きている。


 無数の悲鳴、それは断末魔の叫びだ。

 耳をつんざくような音。

 今は“ヒト”より優れた聴覚を持つシイナにしか聞こえないそれは、初めて感じる怖さだった。


「シイナ!大丈夫だ。ベガクタンの様子を探るから、お前達は」


「こっちに、来てる」


 寝床から飛び起きて来たヨウラの声を遮ったシイナの目は一点に固定されていた。それはベガクタンがある方向だ。


「無数の足音、規則正しく、人間じゃない速さ……竜?」


 戸惑うシイナを横目にヨウラの眉間に深い皺が寄る。


「そりゃたぶん騎竜に使われてる中型のクレイブと呼ばれる竜だ。砂漠や草原を駆けさせたら追いつけるもんはいないよ」


「なんで、そんなもんがここに……」


 険しい表情を浮かべるジィンの背中をバシッとヨウラが叩く。


「考えるのは後だ、とっととずらかるよっ!」


 U2地区に騎竜であるクレイブはいない。それがいるということは岩壁から向こう、外の世界から動員されたのだろう。

 理由はわからないがベガクタンから悲鳴が上がったということも含めて、事態が良からぬ方向に転がっているのは確かだ。

 三人は必要最低限の物を持ち、岩壁から離れるように南に向かって走り出した。


「ヨウラ!ジィン!もうすぐそこまで来てる!」


 走り出して間もなく、シイナが声を上げる。

後ろを振り向けば、確かに砂煙が上がっていた。人間と騎竜の足では勝ち目はない。苦虫を噛み潰したヨウラが足を止めるより先に、ジィンが立ち止まった。


「先に行けっ!」


 それは有無を言わせない覚悟を決めた目だった。ジィンと目が合ったヨウラは心臓を鷲掴みにされる思いだった。それでも、外の世界では成人とみなされる年齢を越えた男の覚悟を、無下になど出来ない。


「ジィンっ!!」


 足を止めそうになるシイナの腕を力強く引きヨウラは叫ぶ。


「必ず、必ず、生き延びなっ!!親より先に死ぬのは許さないよっ!!」


 必死の形相のヨウラだが、その言葉にジィンの胸がほわっと温かくなる。


「ヨウラの子になれて、本当に良かったよ」


 ぽつりと呟いた声は、シイナの耳には聞こえただろうか。そんなことを思いつつ、ジィンは眼前に迫った砂煙を見据えた。


「ヨウラ、ジィンが、ジィンは……」


 ヨウラに引きずられるように走るシイナの声は今にも泣き出してしまいそうなほど弱々しい。


「大丈夫だよっ!ジィンは強い!」


 自分自身に言い聞かせるように断言したヨウラに、シイナは唇を噛み締め小さく頷く。

 頭ではわかっている。誰かが足止めをしなければあっという間に追いつかれてしまうと。それでも、家族を失うかもしれない恐怖は計り知れないものだった。


「……そんなっ」


 幾ばくも行かないうちに、後ろから騎竜であるクレイブが迫って来る。ジィンが抜かれたのか、いや、追い掛けて来ていた数はもっと多かった。抑えきれなかった4頭がこちらに抜けて来たのだろう。


「ローセン兵だ」


 騎乗している者達の服装を垣間見て、ヨウラが唸るように言った。

 ローセン兵、つまり彼らはローズトライセン王国の正規兵ということだ。


 必死に走るシイナとヨウラだが、砂に足を取られて思うようにはいかない。距離が詰まる。もう、戦うしかない。そう思った時、シイナの耳が無数の風切り音を捉えた。


(やばっ)


 目の前に迫る鏃、これは避けられない。頭がそう判断し、痛みに構えた。が、衝撃は肩に走り、体制を崩したシイナは地面に倒れ込んだ。


「ヨウラっ」


 自分を助けてくれたのはヨウラしかいない、すぐに視線を向ける。


「……ヨウ、ラ」


 無情に突き刺さる弓矢。

 あるものは片目を貫き、あるものは胸を、足を貫く。ゴフッと血を吐いたヨウラに体の震えが止まらない。


「いっちょ前に庇い合いかぁ?」


 ザッザッとシイナ達の周りを取り囲むクレイブ。その上から見下ろす男達。なんて嫌な目をするのだろうか。憎しみ穢らわしいモノを見る、虫唾が走るような目だ。


「あぁ?こいつ女だぞ?このデカさで。バケモノだな」


 ケラケラと嘲り笑う声が脳裏に響く。


「こっちの細っこいのは、男か?女か?」


 一人のローセン兵が騎乗したままシイナに近付いていく。シイナの目はヨウラに固定されたまま動かない。

 地面に膝を付き、僅かに息をするヨウラがゆっくりとシイナの方を向く。


「生きろ」


 声にならないような声。

 でも確かにシイナ耳には届いたヨウラの声。頬を僅かに緩めて、そしてヨウラは前のめりに倒れた。


「あぁ、そっちのデカ女は死んだか?じゃあ、お次はこっちのガキだなぁ」


 シャラリと鞘から抜かれた剣が、シイナの首に添えられる。僅かに触れただけで、首の薄皮が切れ血が滲む。


 首の痛みなど感じなかった。

 痛いのはそこじゃない。

 

 剣を振り抜かれれば頸動脈が切れ、血が吹き出すだろう。目前に迫る自身の死。でも、シイナの頭には何も無かった。


 ヨウラが倒れた現実が見えなくて、ジィンがいない今がありえなくて、私が何かわからない。


「邪魔くせぇな、このデカ女」


 クレイブを降りた一人のローセン兵が地面に伏すヨウラを蹴り上げた。

 その瞬間、プツンっと何かが音を立てて切れた気がした。


「……ヨウラ、ヨウラ」


 幽鬼のようにふらふらと、シイナは仰向けに転がったヨウラに近付く。

 その手に握られた折れた剣はローセン兵の物か、真っ赤な血に濡れている。周りに倒れるローセン兵の息は無く、クレイブ達は逃げ出し、いない。

 血を吸った砂をじゃりじゃりと踏み締め、ヨウラの側に崩れるように両膝を付いた。


「ヨウラ、行こう。ジィンが待ってる、よ」


 ぐいぐいっと腕を引っ張るが、ヨウラはピクリとも動かない。

 

 わかっている。

 わかってる。


 何度も見てきた。

 生き物の死を。


 ヨウラは、死んだ。

 私を庇って死んだんだ。


 今まで味わったことのない喪失感。

 認めたくない現実。

 得も言えぬ感覚に吐きそうだ。


「おいおい、なんの冗談だ、こりゃ」


 降り注ぐ声に顔を上げる気力もないシイナは、ただ物言わぬヨウラを見つめていた。


「この、悪魔がっ」


 吐き捨てられた言葉。

 背に向けられる冷たい刃の感覚。

 相手は1人とクレイブ1頭だけだ。戦おうと思えば幾らでも足掻ける。だが、シイナにはもうどうでも良かった。

 ヨウラの仇は討ったのだ。

 後はもう、どうでもいい。

 新たに近付いて来る足音も、背後から迫る剣も、どうでもいい。

 シイナは静かに目を閉じた。


「避けろオォッッ!!!」


 耳を抜けて頭に響いた怒声のような懇願する声に、シイナの体がビクリと反応した。

 次の瞬間、右肩に走る激痛に顔が歪む。

 心臓を突こうとしていた剣が逸れて右肩を貫いたのだ。

 ドゴッという鈍い音に、身を翻したシイナの目に映ったのは、淡い月明かりに反射する銀色の髪と、夜の闇のように黒い服を纏った男の背中だった。

 先程の声の主だろう銀髪の男によって、シイナの肩に剣を突き立てた男は吹き飛ばされていた。文字通り、吹き飛ばされたのだ。銀髪の男が拳を握っている様子から、単に殴っただけのようだが、尋常ではない力だということが窺える。


「大丈夫か、ボウズ」


 ズンズンと近付いて来た銀髪の男に頭を撫でられるシイナは自分の耳を疑った。

 今、ボウズと言った気がするが、聞き間違いか。うん、きっとそうだろう。


「今、抜いてやるかな。痛いだろうが、男だろ。我慢しろよ」


 片膝を突き、シイナの顔を真正面から見ながらそう告げた銀髪の男を殴りたい気持ちなったのは仕方がないことだろう。


「ちょっと待ってろよ」


「……だ」


「ん、なんだ?」


 シイナの声を聞き取れず、首を傾げる銀髪の男を双黒の瞳が睨み付ける。


「私は女だっ!!」


 これが後に同じ部隊で命を預けて戦うことになるシイナと銀髪の男ーシス・ライアローーの出会いだった。

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