01
ここはアンダーアンダー。
通称U2地区と呼ばれる場所。
見渡す限りの荒野。
乾燥した大地には緑の息吹は感じられず、ゴツゴツとした岩場が続いている。
今日は風が強く、巻き上げられた乾いた砂で視界が悪い。そんな中、ギラギラと光る黒い双眼が岩陰から荒野を見据えていた。
「ジィン、砂漠ネズミだ」
黒い双眼を持つ少女が見つめる先、20m程先
の地面の上でちらちらと何かが揺れて見える。
「一匹か?」
少女の後方に構える茶色のふわふわとした青年ージィンーは弓を準備しながら聞き返す。砂漠ネズミは体長30cm程のずんぐりとした体つきをしているが、食べられるところが少ない。一匹では一人分のオヤツ程度にしかならないのだ。
「残念ながら……ん、ちょい待ち」
少女の目線が右へとずれる。
「大サンドが砂漠ネズミを狙ってる」
「まじかっ」
大サンドとという名に、ジィンの声が思わず大きくなり、少女に静かに!と大きな黒い瞳で睨まれる。ここでバレてはせっかくのご馳走が台無しだ。
「シィ、方向距離」
一呼吸置いてジィンは黒い双眼を持つ少女ーシィことシイナーに尋ねる。ジィンの目には保護色と風に舞い上がる砂で獲物の居場所の確信が持てない。だがシイナは違う。彼女がいると言うなら確実にそこにいるのだ。
長年共に狩りをしてきたパートナーだからなせる技か、シイナの指示した場所へジィンは迷いなく矢を放った。風を切り裂き、綺麗な放物線を描いた矢は乾いた地面に突き刺さった。
ギィャっと小さな鳴き声が聞こえた瞬間、砂漠ネズミは逃げ出し、シイナは岩陰を飛び出した。
ジィンが放った矢が刺さった大サンドこと大サンドトカゲはもぞもぞと動き、なんとか砂に潜り逃げ出そうとしいてる。だが、それを許すはずもなくシイナはガッと砂に手を突っ込み的確に大サンドトカゲの首根っこを掴み上げた。
「よっし、ゲットー!」
シイナが大サンドトカゲを絞め落として掲げる。地面の色と同じ薄いベージュ色の鱗に包まれた体は全長3m程で、爪は鋭く、尻尾のトゲには毒がある。が、その肉は焼いただけでもかなり美味しいのだ。
「やったな、シィ!早く帰って食おうぜ」
大サンドトカゲを持ち上げるシイナのさらさらとした黒い髪を撫でて、ジィンもニカッと笑みを浮かべる。
「賛成ー!」
シイナとジィンは足取り軽く寝床へと帰って行く。
U2地区。
それはローズトライセン王国の南部に位置し、自然に出来た岩壁によって外界と隔離された場所。遥か昔から大型の竜類が住まう地とされ、人間が足を踏み入れることなどありえなかった。が、300年程前よりここは重罪人の流刑地となった。ローズトライセン王国で一番の罪、それは悪魔の痣を持つ“リィ”となること。
悪魔の子“リィ”として痣が出来るのは6歳までとされている。つまりU2地区に捨てられるのは6歳以下の子供と、重罪を犯した凶悪な罪人ということだ。
砂漠という環境、水も食べる物も与えられない。大人ですら過酷な環境だ、子供では到底耐えられない。だから多くが食物連鎖の糧となるしかない。
だが、シイナとジィンは生きていた。
シイナは“リィ”だからこの地に捨てられた。
ジィンは“ヒト”だが、流刑にされた罪人の子として生まれた。
二人の子供に生きる術を与えたのは一人の女だった。女というには猛々しく、豪快な人物だった。
「ヨウラー!ただいまー!」
岩に出来た横穴を利用した寝床の前、比較的 平らな岩場で座禅を組んでいた大柄な女性がシイナの声に顔を上げる。
「あぁ、今日も無事帰ったね!」
日焼けした肌に黒く長い髪を上で束ね、嬉しそうに青い瞳を細める。立ち上がれば、シイナとは頭二つ分近く違う。女性としてはというより男だったとしてもかなり大きい部類に入るだろう。その身長に加えて骨が太いのか、ガッシリとした体格をしているので余計に逞しく見える。
「ヨウラ、ただいま」
「二人とも、お帰り!」
満面の笑顔とはこういうことをいうのだろう。ヨウラの太陽のような笑顔が二人は大好きだった。
「今日は大サンドを捕まえたよ」
「あぁ、すごいな!中々の大物じゃないか!」
さっそくシイナが今日の狩りの成果を報告する。と言っても何か袋に入れていた訳でもないので、ヨウラには丸見えだったのだが。
「ついこの間まで、こんっな小っさかったお前らが、大サンドを軽々狩ってくるとは、時の流れが恐ろしいねぇ」
「いや、そんな小さかったら小人でしょ」
冷静なジィンの突っ込みを流しつつ、ヨウラは二人の頭をわしゃわしゃと撫で回した。
幼子のような扱いにジィンは苦笑し、シイナは嬉しそうに笑った。きっと、いくつになってもヨウラにとって二人は子供のままなのだろう。
大サンドトカゲの丸焼きを食べ終えた頃にはすっかり日が暮れていた。
今日は早めに休むと言い、ヨウラは寝床に入った。残されたシイナとジィンは焚き火の側で隣通しに座っていた。
火の揺らめきを映す漆黒の瞳に同じ色の髪は、肩につくかつかないかの長さで揃えられている。端正な顔立ちは中性的で、後何年かすればもう少し女性らしくなるのか、どちらにせよ性格はそう変わらないだろうなとシイナの横顔を見ながらジィンは小さく頬を緩めた。
「ジィン、手伝って欲しいなら素直に言いなよ」
人の顔じろじろ見て、と付け足しながら笑うシイナはジィンの手元から大サンドトカゲの骨を掴む。ジィンは大サンドトカゲの骨を削り、鏃を作っていたのだ。
別にそう言う訳じゃないんだが、と思いつつジィンは茶色のくせ毛をポリポリと掻いた。
「ヨウラさ、また転眼使ったのかな」
夕食を食べてすぐに休むということは、疲れてるということだ。転眼を使うと疲れるというのは前々から聞いていた。
「だろうな。何も言わないってことは収穫無しってことだろ」
鏃を作成する手を止めることなく、ジィンが頷いた。
ヨウラには不思議な力があった。
他の生き物の目や耳を借りることの出来る不思議な力。故にU2地区で生まれ育ったヨウラだが、外の世界を知った。様々な知識を身に着けた。また、それらは全てシイナとジィンに教えられた。
「外の世界ってのは、そんなにいいものなのかね」
ジィンはフッと、出来上がった鏃に息をかける。
「さぁ?……ヨウラの話は信じてる。でも、文字とか計算とか役に立つ日が来るとは思えないんだけど」
「そりゃ、シィは計算苦手だもんな」
しししっと笑うジィンにシイナは小石を飛ばした。あっさり避けられてしまったが。
「……いつか外の世界に、か」
シイナがぽつりと零した言葉は、ヨウラの口癖だった。
勉強より狩りに行きたいとゴネると、お前達は絶対いつか外の世界に行くんだから、ちゃんと学べと言われた。
ヨウラが見てくる外の世界は夢物語で、現実間なんてない。緑に覆われた大地とか、見上げても天辺が見えない山とか、水がたゆたゆと流れる川とか、色とりどりの花。ここには何も無いのだから。
私はただ、これからもヨウラとジィンと共に生きていけたらそれでいい。
そんなシイナの細やかな願いは、静かな闇夜を切り裂く悲鳴で一変する。






