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この世は無情だ。
人間は生まれながらにして、生きる場所を決められる。
貴族か平民か。
そして六歳までに一つの神託が下る。
“ヒト”か“リィ”か。
貴族で“ヒト”ならば万々歳。
貴族で“リィ”ならば地獄。
平民で“ヒト”ならぼちぼち。
平民で“リィ”なら地獄。
親は皆祈る。
どうか、我が子にだけは悪魔の痣が出来ませんようにと。
“ヒト”と“リィ”を判別する方法。
それがクロスの痣があるか、ないか。
クロスの痣は“リィ”の証、悪魔の子の証。
故に、神へと捧げる。
どんなに金と権力を持とうが、それは覆ることのない絶対遵守の掟。
真に無慈悲で無情だ。
岩壁を見上げ立ち尽くすマントの男が一人。小さな女の子の手を引く。まだ年端もいかぬ小さな女の子は闇夜の中でも、どこか楽しそうにマントの男の隣を歩いている。
深くフードをかぶった男の表情は窺えないが足取りは重い。
「ここから先はお一人でお進みになって下さい」
マントの男の低い声に、女の子は首を傾げながらも、素直に頷いた。
「たのしい?」
「はい、きっと楽しいことがありますよ」
マントの男の笑顔に、女の子は疑うことを知らず微笑んだ。
岩壁に開けられた扉の先には松明の灯りが見える。女の子はその灯りに向かってパタパタと走って行った。
女の子が扉をくぐって間もなく門番によって固く扉は閉じられていく。ぎぎぎっと重そうな音を立てながら閉まっていく扉、その隙間から女の子が立ち止まりこちらを振り返る様が見えた。
「うっうぅ」
マントの男は堪えきれず膝から崩れ落ちた。
その瞬間、扉は完全に閉じられた。もう女の子の姿は窺えない。
「も、申し訳、ござい……ませんっ」
嗚咽の中、マントの男は誰かに許しを乞うように地面に頭を擦り付けた。
天真爛漫、太陽の様に笑う子だった。
女の子が生まれてから屋敷は笑顔が絶えなかった。しかし幸せの日々は四年も続かなかった。女の子の体にクロスの痣が現れたのだ。
そして今日、女の子は神に捧げられた。
岩壁の先にいるとされる神竜に。
マントの男はよろよろと立ち上がり岩壁に背を向ける。
その時、空耳か女の子が良く歌っていた歌が聞こえた気がした。