第8回
利成の足は市民公園に差し掛っていた。数分後、木々が彼を包み込み、追跡者からその身体を隠した。彼の目指す目的地はもう少しで辿り着ける所だった。警官が近付いてくる様子もないので、利成は走るのを止めて歩きに切り替えた。彼はようやく少しのんびりすることが出来て安堵した。
「勇者も楽じゃないな…」
彼は今までの苦労を振り返りため息をついた。利成は完全に己れの虚構世界に埋没していた。
「しかし悪くない。いい気分だぜ!」
『ファイナルドラゴン3』を自分の物にしながらも未だにプレイできないことへの苛立ちはあったが、それ以上に今プレイしている『ゲーム』は自分を満足させるものだった。そしてそのゲームの流れに従い、利成が行こうとしているのはあの『平和の泉』だった。歩き続ける利成の眼前に薄い虹を映し出す巨大な噴水が姿を現わした。利成は平穏無事に『平和の泉』に辿り着けたのだ。幾分HPを減らしている利成はその回復を見込んでか、泉に頭を浸してその水を一口飲んだ。
「ふうーっ…、気持ちいいーっ!」
利成のもくろみ通り『平和の泉』に来たことで、精神的にも肉体的にもリフレッシュすることが出来た。完全回復した利成は最終目的地である自宅への帰還を開始しようとしていた。おそらくこのゲームは家に戻って『ファイナルドラゴン3』のプレイを始めることが出来ればクリアとなる筈だった。しかしそうは問屋がおろさなかった。
「そこを動くな!」
突然『平和の泉』の平和を破るような大きな声が響いた。利成が首を振って周りを見渡すと、彼の四方を警官が数名囲んでいた。元々利成を追っていた2名に加え、彼に殴られた警官が呼んだ助っ人が到着したのだ。
「やばい悪徳警官×4か…」
利成は口では大ピンチと言いながらも、心の底では「勇者は必ず危機を脱する」と信じていた。だから警官の隙を見付けて走り去ろうとした時にも「自分は助かるだろう」とタカをくくっていた。しかしゲームと違って現実はそう甘くなかった。
『悪徳警官たちがあらわれた!』
『利成は逃げ出した!』
『しかしまわりこまれてしまった!』
『悪徳警官Aの攻撃!』
バコッ!
『利成は25ポイントのダメージをうけた!』
『悪徳警官Bの攻撃!』
『痛恨の一撃』
ズガガガガーン!
『利成は128ポイントのダメージをうけた!』
『利成は倒れた…』
今度ばかりは警官が一枚上手だった。隙があるように見えたのは利成を捕らえるための罠であり、案の定そこへ走り込んだ彼は警官に囲まれた。逃げ場を失った利成は警官達によってたかって警棒で殴られ叩かれ、血を吹き出して地面に倒れこんだ。
「な、何だよ…、『平和の泉』って敵モンスターが出ない所じゃないのかよ…」
頭がゲームに染まりきっている利成は『平和の泉』をその名の通り『平和』な場所だと曲解していたようで、その事に対して恨み言をつぶやくと、殴打されたショックで気を失った。