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第7回

 利成は警備員達に連れられて店を追い出された。もう頭の中はパニックで、何が何だか訳がわからなくなっていた。怒って泣いてわめき散らしながらふらふらと歩く彼は狂人同様だった。顔は醜く歪み、両手をブラブラと下げ、一歩一歩をわざと足音をたてるように歩いていた。そんな彼の目の前を、何やら包みを持った小学生くらいの男の子が通り掛かった。少年はこれから何か楽しみがあるかのようにニコニコとして歩いていた。その光景を虚ろな目で見た利成の頭に一つの事が喚起された。

「『ファイナルドラゴン3』…」

 利成は自分が『ファイナルドラゴン3』を欲していたことを思い出していた。そしてどうあってもそれを手に入れずにはいられなくなってきた。少年の持っている品物が『ファイナルドラゴン3』であるという疑念が、利成の頭にふつふつと沸き起こってきた。

 利成は『ファイナルドラゴン3』を買えなかったことで一線を越えていた。今やっているのが現実なのかゲームなのか、まるで区別が付いていなかった。彼は現在の状況を『ファイナルドラゴン3』という重要アイテムを求めるゲームのように感じていた。利成は自分の中のゲーム界にのめり込んでいた。


 勇者利成は町の中を歩いていた。そして今まで自分が探し求めていた『ファイナルドラゴン3』なるアイテムらしき物を持つ少年を発見した。利成は彼に話し掛けてみた。

「もしかしてそれは『ファイナルドラゴン3』ではありませんか?」

 尋ねられた少年は怪訝そうな表情をして利成の顔を見返した。結構生意気そうな面をしており、いかにも『ガキ大将』といった風格を顔に漂わせていた。

「はあ?そうだけど…」

 少年は尋ねられている事の意味がよくわからず口篭もった。しかしそれが大いに関係ある利成はようやく目的の品を発見した喜びで、ファンファーレが心の中で鳴り響いていた。

「それをちょっと貸してくれないかな?」

 利成は喜びに任せて理不尽な要求を申し出ていた。

「い、嫌だ!」

 少年は利成にいかがわしさを感じたのかそれを拒絶した。

「勇者の頼みを拒否するこの少年はおかしい。もしや悪者ではないのか?」

 もはやこの現実をゲームと感じており、そのような不可思議な考え方が脳裏に浮かんできていた利成は、プレイ中に出てきた「戦いますか?」という問いへの選択肢「はい・いいえ」に対して遠慮なく「はい」を選んだ。


『悪ガキがあらわれた!』

『利成の攻撃!』

バシッ!

『悪ガキに10ポイントのダメージを与えた』

『悪ガキの攻撃!』

ドカッ!

『利成は5ポイントのダメージをうけた』

『悪ガキは逃げ出した!』


「ちくしょう!逃がしたか」

 利成は少年を殴り付けたものの、大したダメージを与えることが出来なかった。それどころか一回反撃されて脛を蹴られてしまった。利成が蹴られた脛を押さえている間に、恐れを為した少年は早々に走って逃げ去った。そのあまりの逃げ足の速さに利成は追い付けなかった。

「痛っ…、あのくそガキめ!」

 少年の蹴りは思ったよりも効いた。脛がしばらく痺れる程だった。

「ちょっと素手じゃ弱すぎるなあ。武器がないと辛いよ…。でもお金がないし…」

 勇者利成は今の戦いで己れの弱さを悟った。しかしこの旅を止める訳にはいかなかった。彼は脚の痛みが引くと再び『ファイナルドラゴン3』を探した。キョロキョロと視線をさまよわせたのが幸いしたのか、しばらく歩くと道端で棒切れを発見した。

「よし棍棒を見付けたぞ!」

 利成は大喜びでその宝物を拾い上げ攻撃力をUPさせた。そして足取りは自然と『ベストカメラ』の方へ戻っていた。そこに『ファイナルドラゴン3』を持つ敵モンスターが何匹かいるのは間違いなかった。勇者利成は意気揚揚とモンスター退治に出向いた。

 『ベストカメラ』前にはまだたくさんの人々が列を作って並んでいた。しかしその人達も何やら激昂しており、今にも店内になだれ込みそうな雰囲気だった。『ファイナルドラゴン3』を手に入れる為にここまで来たのに予想外の出来事が起こっており、利成も勇者としてこの事態を心配しない訳にはいかなかった。

「何かあったんですか?」

 利成は怒って叫んでいる一人に話し掛けてみた。

「ったく…、この店の野郎、散々俺達を並ばせといて、もう『ファイナルドラゴン3』品切れなんだとさ!だったら最初に言えってんだ、この野郎!」

 相手の男は『ベストカメラ』の失態に相当腹を立てており、無関係の利成に対してさえ殴り掛からんばかりの勢いであった。

 ここで勇者利成は大きな選択を迫られることになった。この暴徒達から『ベストカメラ』の店員を救うか否か、という選択を。利成は立ち尽くして数分間考えたが「いいえ」を選んだ。相手は多勢に無勢、とても勝てる見込みはないし、何よりもまず『ファイナルドラゴン3』を手に入れることが先決だった。激昂している男の様子から見てもこの場で『ファイナルドラゴン3』を入手できる見込みはなかった。

「もう少しレベルを上げてから来よう」

 利成は自分なりに勝手に理由を付けてこの場を立ち去り、『ファイナルドラゴン3』探しに邁進することに決めた。勇者に成り切っている為、調子の良い理由をこしらえたが、本音を言えば自分が『ファイナルドラゴン3』を買えなくなった元凶を助けようなどという気持ちは毛頭なかった。実際の所、キチガイになっても、そのことだけは頭の中に残っており、いつまでも根に持っていたのだ。自分が勇者でなかったらむしろ破壊したいくらいだった。

 結局利成は『ベストカメラ暴動イベント』を見損ない、その隙に奪える大量のアイテムを取り損なった。どのみち今の彼のレベルでは敵(暴力男・凶悪警官などのモンスター)が強すぎて相手にならなかったけれど。彼は危険地帯『ベストカメラ』から離れて新たな旅路へ向かった。


 利成は『ファイナルドラゴン3』探しを懸命に続けていた。なかなか情報も入ってこない中で、彼は必死の捜索を行なっていた。


『利成は辺りを見回した』


「いたっ!」

 利成は明らかに『ファイナルドラゴン3』らしき紙包みを大事そうに抱えた小学校5年生くらいの男の子を発見した。先程の悪ガキとは違い、ひ弱そうで細身の少年だった。利成は獲物を見付けたハイエナのように俊敏な動きでその少年に近付いていった。

「ねえ君、その包みって『ファイナルドラゴン3』でしょう?」

 利成は勇者らしく極めて温和に尋ねた。それが功を奏したのか

「うん、そうだよ」

 少年はあっさりと中身の正体をバラした。

「ちょっとそれを私に譲ってくれないか?世界を守る為に必要なんだ」

 利成は決してフザけたのではなく真顔でそう言い放った。何時の間にか勇者利成の中では『ファイナルドラゴン3』は世界を救う為の宝となっていた。

「えっ、何それ?気持ち悪ーい…」

 少年は利成の言葉を聞いて不気味な感じを抱いた。そして駆け足でその場を逃げようとする。「追い掛けますか?」という質問が利成の心に問い掛けてきて、彼は迷わず「はい」を選んで少年の跡を追った。

「うわあ!」

 少年は思わず叫びを揚げた。利成がダッシュして少年に追い付きその首根っ子を掴んだのだ。少年はジタバタするがさすがに大人と子供の力では差があり、利成の手から逃れることは出来なかった。

「どうだ大人しく『ファイナルドラゴン3』を渡すんだ。そうすれば見逃してやる!」

「ひえっ」

 勇者に成り切っている利成には秘宝を持って逃走しようとする少年は『悪(悪ガキ)』と定義されていた。何の罪もないのに勇者利成に捕らえられた悪ガキはそれでも必死に抵抗を試みた。

「痛っ!」

 少年は利成の腕に噛み付いてその手から何とか脱出した。


ガブリッ!

『利成は3ポイントのダメージをうけた』


 利成は少年の行為に怒りを覚え、勇者として正義の為に戦うことを決意した。


『悪ガキがあらわれた!』

『利成の攻撃!』

『会心の一撃!』

ズガガガーン!

『悪ガキに75ポイントのダメージを与えた』

『悪ガキを倒した!』

『悪ガキは宝物を持っていた!』

『利成は『ファイナルドラゴン3』を手に入れた!』


 利成の棒切れを使った攻撃は少年をKOするのに充分な威力を持っていた。少年はその場にうずくまって動かなくなり、利成は彼の手から紙包みをふんだくった。そして期待通りその中身は今まで苦労して探し回ってきた『ファイナルドラゴン3』だった。利成の中で盛大なファンファーレが鳴り響いた。しかしその音響は一瞬で掻き消された。

「コラッ!何をしている!」

 少年を棒で殴った利成の姿は他人に目撃されていた。何時の間にか駆け付けた警官3名が警棒を振り上げて利成に迫ってくる。

「ゲッ、悪徳警官×3か!とても今のレベルでは勝てない…。逃げるしかない!」

 利成は勝ち目のない戦いだと判断すると、一目散に逃げ出した。しかし行き場はとっさには思いつかなかった。彼は目的地もないままとにかく走った。対する警官3人組は各々が別れて動きだし、利成を囲みながら捕らえようという考えのようだった。従って利成を直接追ってくる警官は一人しかいなかった。警官は利成を止まらせようと叫んだ。

「待てコラ!」

 警官のくせに口汚いあたりはやはり『悪徳警官』である。「そんな奴らの命令は聞けない」そう思った勇者利成は、警官から逃げるという行為に躊躇せず、このピンチを切り抜ける方法だけを考えていた。彼にとって何よりもまず何処へ行くかということが重要だった。家へ戻れれば一番良いのだが、残念ながら現在彼が向かっている方向は自宅と逆だった。となると…

「あそこしかない!」

 利成は何か確信めいた考えが浮かんだようで、その足は迷う事無く一直線に何処かへ向かっていた。掃除のバイト程度でも疲れていた筈なのに、今の彼は必死に走っても息は上がらず、不思議と疲労感は襲ってこなかった。精神がブチ切れているために肉体が限界を忘れて、普段以上に動くことが可能になっているのだ。

 だが日頃鍛えている警官の体力には及ぶべくもなく、まもなく利成は背中に吐く息が感じられる程の距離まで迫られた。

「もらった!」

 警官が勝ち誇ったように至近距離で右手を伸ばしてきた。


『悪徳警官の攻撃!』

スカッ…

『利成は攻撃をかわした!』


「うおおお!」

 利成は相手の手を運よくかいくぐると、覚悟を決めて手に持った棒を振り回した。


『利成の攻撃!』

バカーン!

『悪徳警官に30ポイントのダメージを与えた』

『利成は逃げ出した!』


 利成が渾身の一撃を警官の脳天に喰らわせると、さすがに効いたのか相手はうずくまってその場で頭を抱えて転げ回った。この隙にとばかり利成は目的地に向かって逃げ去った。

「ぐううう…、痛てえ…」

 利成に殴打された警官は強烈な痛みに苦しんでいた。彼は弱そうな若者の姿につい油断をして、まさに『窮鼠猫を噛む』のことわざ通りになってしまった。ジンジンとした頭痛を覚える頭をさするとヌルッとした感触が彼の手に残った。慌てて自分の手を覗き込むと、真っ赤な液体が熱を帯びてこびり付いていた。

「うわっ!」

 彼は思わず叫びを揚げた。気が付くと頭からダラダラと液体が流れ出し、顔を濡らしていた。目にそれが入り込んで異様に染みた。

「血だ…、あの野郎…、許さねえぞ!」

 血気盛んな若手巡査は頭部から血を流す重傷を負いながらも怒りのパワーで燃えていた。彼は出血多量で気を失いそうな状態なのに、逃がした若者を捕らえる為に無線で近隣の署に連絡を取って協力を要請した。そして力尽きるとその場にバッタリと倒れてしまった。


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