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第4回

 三日後、髪の毛はボサボサ、ヒゲは伸び、目には隈を作って衰退した顔の男が、10時開店のゲームショップに30分も前から並んでいた。他には一人として並ぶ者はなく、孤高を感じさせる男だった。その男、川口利成は今まさに『大津城240万石』を手に入れんと気合い十分に時間を待ち受けていた。

 『大津城240万石』というソフトは、ゲームにより戦国時代の戦争を疑似体験できる、いわゆるウォーシミュレーションゲームと呼ばれるものだった。内容は『大津克司』という架空の戦国武将を操り、日本を統一するというストーリーで、システム的には子供の頃にやったボードゲームに近い感じのものである。ただ盤ゲームと違うのは兵士の数や武将の能力値といった数字の要素をコンピューター(この場合ゲーム機とソフト)が処理してくれるということだ。その為、リアルな感覚で戦国時代が楽しめるのである。

 こういったゲームはRPGロールプレイングゲームと並んで根強い人気があり、プレイ時間も長くなることから『じっくり型』のゲーマーには大変好まれていた。利成が何本かあった候補の中からこのゲームを選んだのも、『ファイナルドラゴン3』が発売されるまでの数日間、楽しめそうだったからである。買ってから必死になってクリアを目指す男が「長く楽しむ」というのも変な話ではあるが、不思議なことにそれが『ゲーム人』利成の生き様なのである。そんな彼は主人公『大津克司』にでもなったかのように、胸を張り腕を組んで威風堂々と扉が開くのを待ち構えていた。店員の方でもただ一人待つ男を見るに見兼ねたのか、10時を前にして店を開けた。

「いらっしゃいませえ…」

 あまりやる気があるとは言えないような店員がレジカウンターの方から挨拶してきた。利成はそれには目もくれず、一目散に『新発売』というPOPが貼られた『大津城240万石』を見付けだして手に取っていた。パッケージには、鎧に身を包んだ戦国武将が刀を振り上げている絵が描かれてゲームの雰囲気を示していた。利成は敵将の首でも取ったかのようにそれを持ち、レジの店員の目の前に偉そうに置いた。それを見た店員は不快に思ったのか、明らかにブスーッとした表情をしながら

「ぁりがとぅござぃまーす…」

 などと言って商品のバーコードをスキャナーで読み取る。店員にしてみれば「お前の為に開店時間より早く店を開いてやったのに、何という傲慢な態度だ!」といった感じの憤りを利成に対して覚えたらしかった。

「…円になります」

 利成はボソッという店員の声が聞き取れず値段がよくわからなかったが、相手の顔つきからして聞き返すのも嫌だったので一万円を出して支払いをした。店員はそれを受け取るとレジを荒っぽく打って精算して、釣り銭をレシートと共に返してきた。利成は店員の態度があからさまに自分を嫌っているのを感じ取ったため、釣り銭の額も確かめず財布の中に乱暴に入れると逃げるようにゲームを持って店を出た。そしてパニック騒動の後、電気屋から取り戻していた自転車に乗り込み自宅へ走り去った。その姿はまるで勝ち戦目前の武将に突然の事態急転が起こり、慌てて自軍の城へ退却する様を連想させた。

 自分の城へ戻ってきた利成は前もって食糧も買い込んであり、『大津城240万石』をプレイするための篭城戦の構えを見せていた。家に入ると何よりも先にパッケージを包むビニールを破り開けてゲームを中から取出し、早速ゲーム機本体にセットしてプレイを開始した。ゴミ屑は放置され、先日の大掃除は早くも水泡に帰す兆候を匂わせていた。

 ゲームを始めると利成はすぐにのめり込む。あっという間に部屋はお菓子の包み紙やカップラーメンの容器の残骸で荒れ果ててしまった。汚くなることで、このアパートの一室が己れの戦場であることを改めて認識させられた。彼はその中での戦いを、最も生きがいを感じる瞬間として楽しんでいた。

 が、しかし彼には一つの誤算があった。彼の戦闘能力(ゲーマーとしての実力)は高過ぎた。『大津城240万石』をプレイして2日、利成は早くもゲームをクリアしてしまったのだ。確かに彼は新作を買うといつも夜を徹してそれを早く終わらせようとして必死に取り掛かる。今回もその行動パターンは同じだった。だがシミュレーションゲームの性質上(『大津城240万石』は越後の百姓から大名になって日本を統一するという目的が設定されていた)、まさか2日で終わるとは夢にも思っていなかったのだ。矛盾した思考ではあるが、利成的には一週間は掛かるだろうと見込んでいたのだ。せっかく長く楽しめると思って購入したソフトだったのに、あっという間の終了…。こうなると利成は新しいゲームができない辛さで禁断症状でも起こしかねなかった。ゲームクリア後、彼の額には血管が浮き出て、顔はやつれ、手足がブルブルと震え、病人のようになっていた。『ファイナルドラゴン3』の発売日までまだ10日以上もあり、彼にはとても耐えられそうになかった。しかしお金に余裕がない現況もまた事実だった。

 遂にゲーム雑誌を買う余裕もなくなった利成は、本屋で立ち読みをして情報収集するしかなかった。彼の読んだ全ての雑誌が発売の迫った『ファイナルドラゴン3』の特集記事を大々的に持ってきていた。立ち読みしかできない利成の頭はその中身を素早くインプットした。それは彼の数少ない友人が「ゲームへの集中力が他の面で開花すればもっと大した人物になっているかもしれない」と感心する程の記憶力だった。圧倒的なスピードで本日発売されたゲーム雑誌の全てをむさぼり読み終えた時、利成は愕然とした。

「ち、ちくしょう…、マジかよ!」

 それは買うのを断念したソフト『バカッパクエスト』がどの雑誌を見ても高評価されていたためだった。「『ファイナルドラゴン3』発売前の今年最高のRPG!」「今までにない斬新なシステム」「練りに練られたストーリー」など、褒め文句のオンパレードなのだ。こうなると利成は自分を制御できなくなる。現実的にはそれを買う金銭的余裕はないのだが、それどころではなくなってしまう。もういてもたってもいられなくなった彼は、半ば無意識のままゲームショップに足を運んでいた。店の前に立った時、大きな興奮が全身を駆け抜け、もはや購入意欲の拒絶は不可能となっていた。彼は結局『ファイナルドラゴン3』を買う予定の金を使い『バカッパクエスト』を衝動買いしてしまった。

 自宅へ戻ってプレイしてみると、確かに雑誌の評判通りに『バカッパクエスト』はベテランゲーマーの利成をも唸らす程の良作だった。このゲーム世界で冒険している間は『ファイナルドラゴン3』にまつわる金銭問題など忘れていることが出来た。流石に出来がいいだけあって、丸五日間ゲームだけに集中する好機を得た。

 しかしその行為は麻薬を吸っているのと一緒で、ゲームがエンディングを迎えてしまうと一気に現実に引き戻されて苦しみに襲われることとなった。まず「どうしよう…?」という心配が胸の内から吹き上げてきた。すると不安が心を支配して動悸が速くなる。次第に怒りが込み上げてきて沸点を通り越して、血が遡ったせいかめまいを起こした。そして悲しみのあまり大粒の涙が流れ出して、それが止まらなくなった。あまりにいろいろな感情が入り交じって、自分でも怒りたいのか、泣きたいのかよくわからなくなっていた。その表情は、顔面が神経痛の如く引きつり、目は真っ赤になり涙をボロボロとこぼし、鼻水が垂れてジュルジュルという音を立て、喉から口にかけてゴホゴホと咳き込むというひどい有様だった。この時の彼はさながら狂人の態を示していた。


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